ゲルハルト・リヒター 〜絵画と写真のあいだで〜

ゲルハルト・リヒターは現代を代表する最高峰のドイツ人画家である。作品は世界中の美術館に所蔵されており、歴史あるケルン大聖堂のなかには、リヒターが制作したステンドグラスがあるほどだ。1997年には第47回ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞と高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。2005年には大規模な回顧展を金沢21世紀美術館で開催。2015年には愛媛県豊島に「ゲルハルト・リヒター 14枚のガラス/豊島」いう恒久作品を制作している。

【生い立ち】

1932年、旧東ドイツのドレスデンで生まれたリヒターは、文学好きの母(絵画には興味はなかった)の影響でニーチェなどの文学作品に触れる機会に恵まれ、14歳にしてロマンティックな詩を試作しています。それと同時に図書館で多くの画集と出会い、その刺激からデッサンが生まれています。15歳の頃に画家になる決意をします。その後、広告看板の仕事などに就くも退職。ドレスデン美術アカデミーへ入学します。学校では徹底的に基礎技術を学ぶと同時に壁画コースを選択し、西ドイツから入ってくる新しい芸術に夢中になっていました。大学院へ進学後、長年付き合っていた女性「エマ」ともこの頃結婚しています。西ドイツを訪問中にジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングなどのアメリカ抽象表現主義と出会い深い衝撃を受け、西側の自由な空気への憧れを強めていきます。その後、東と西の社会情勢が悪化し、建設中のベルリンの壁(1961年-1989年)が完成する半年前に、リヒターは西ドイツのデュッセルドルフへ移住を決めました。その当時の心境を東ドイツにいるかつての恩師にこう手紙を宛てています。
「私たちはドレスデンを捨て、西ドイツで新しい人生を始めます。わたしにとって西側の文化的環境、その芸術運動が、東のそれよりも多くの期待に応えてくれ、私の人生と仕事により相応しいからだ、といえば、主な理由の説明になっているはずです。」と。
当時のデュッセルドルフは、新たなアートの首都へと発展中で、さまざまなアーティストとの交流による多大な影響を受ける機会に恵まれました。リヒターの50年以上にわたるアーティスト活動も、この当時に礎を築いていったのです。

抽象表現主義・・・絵画にあった中心をなくし、創作中の痕跡をキャンパスにぶつける「場」としての考え方。1940年代に始まったアメリカ発の芸術運動を指します。
代表的な画家は、ジャクソン・ポロック、バーネット・ニューマンなど。

【リヒター作品の多様性がスゴイ】

リヒター作品は、作品技法の多様性という特徴を持っています。アートシーンに登場した60年代の「フォトペインティング」とそのための題材探しを「アトラス」にまとめ、70年代の「カラーチャート」、「グレイ・ペインティング」、70年代から始まり1番長い期間描いている「アブストラクト・ペインティング」シリーズなど、その表現は時代ごとに変遷を続けています。今回は作品についての解説を進めながら、リヒターという現代に生きるアーティストへの理解を深めていただけたらと思います。

【フォトペインティング】

1960年代、リヒターは報道写真や雑誌などのモノクロ写真から集められたイメージを、絵画という手法を用いて模写しており、そこにぼかしを入れた作品のことを「フォトペインティング」と呼んでいます。その高度な絵画技術に支えられた絵画は、まるで写真と錯覚するようでありながら、意図的にカメラのピントがずれたかのようにぼかすことで、写真なのか絵画なのか、具象なのか抽象なのか、そのあいだを行ったり来たり繰り返し、イメージが不明瞭のまま目の前に存在しているのです。それは「見る」という行為が対してのリヒターの問いでもあるのです。
事実、リヒターはこんな言葉を残しています。

「我々が見ている現実をあてにはできません。人が見るのは、目というレンズ装置が偶然伝え、そして日常の経験によって訂正された映像だけなのですから。それは不十分であり、みるものすべてのほんとうの姿はべつなのではないか、と好奇心をもつからこそ、描くのです」

リヒターの「フォトペインティング」をこれほど端的に表す言葉はないでしょう。
おなじく写真を素材とした「アンディ・ウォーホル」との違いとして、ウォーホルは有名人のアイコンに関心を示したのに対して、リヒターの興味はそこにはなく、日常の家族写真など変哲ない写真に関心を示しました。写真では平凡であっても、「フォトペインティング」に転用することで、見過ごされてしまいがちな小さくて不確実なものに、視覚的表現を与えようと試みているのです。そのなかでも「ベティ」という作品はこの時代の傑作で、後ろ姿の自分の娘の写真を撮り、絵画としてぼかすことで肖像画とポートレイト写真のあいだを絶えず思考する作品として成功しています。

【アトラス】

60年代からはじめたフォトペインティングのための素材探しがきっかけとなり、それを集約したものを、リヒターは「アトラス」と呼ばれる作品にして、80年代から発表しています。5000枚以上の写真や600枚以上の図版パネルからなる作品は、山岳地帯、空の風景、都市の鳥瞰図、湾曲されたイメージ、ポートレイトなど、現在もなお増え続けているのです。これはリヒターの知の冒険の痕跡であり、アートワークの原材料でもあるのです。そして鑑賞者はリヒターというアーティストの思考の膨大な観察の眼を浴びることで、リヒターという人間に近づくのです。

【マルセル・デュシャンへの反抗】

1966年に描いた作品「エマ(階段上のヌード)」は、この時代のリヒター作品としては最も論評の対象となった絵画です。なぜならこの作品は、マルセル・デュシャンが1914年に描いた「階段を降りるヌード」以降に絵画の終わりを宣言したことへの反抗であるからです。具象絵画にはまだ先があり、これからも続いていくというリヒターの声明でもあるのです。事実、90年代にはいってからは絵画作品の「エマ」をふたたび写真に撮り拡大した作品を発表しました。これは絵画と写真にゆさぶりをかけると同時に、具象絵画には、レディメイドとしての絵画でさえ可能であることを見事に証明しています。

マルセル・デュシャン・・・20世紀前半に活躍したアーティスト。「レディメイド」という、既製品の用途を消して立ち現れる美について、作品を発表しました。網膜的な絵画(目から快楽を得るための絵画)を否定し、哲学する芸術を提示した、現代アートの父ともいわれる人物。

【カラーチャート&ケルン大聖堂】

70年代、色見本帳からアイデアが生まれたのが「カラーチャート」という絵画作品シリーズです。長方形や正方形の色彩に富んだカラーをランダムに配置していくことで、リヒター自身の主観から意図的に離れようと試みています。この手法は、後に依頼されることになるケルン大聖堂の南側のステンドグラス制作へと繋がっています。このステンドグラスは中世〜19世紀に使われていた80色を厳選して、ランダムに配置した美しい作品として成功しています。これは名実ともにドイツを代表する国民的画家となった瞬間ともいえるでしょう。

【グレイペインティング】

73年から76年にかけて描かれた、モノクロームの絵画作品であるグレイペインティングは、伝統的な絵画表現に対するリヒターの拒絶であり、グレイは全ての色の集積でもあります。そういう意味では「カラーチャート」とは対極に位置づけされる作品です。つまり「無」を表現しています。この時期はリヒターの人生でも苦難の時期(エマとの離婚など)であり、この作品はリヒター自身にとって避難所としての役割を持っていたのです。のちに、グレイペインティングには攻撃されるような要素が少なく、間違いにくいと語っているほどです。
このように70年代のリヒター作品(カラーチャートやグレイペインテイング)は、目に見えないものを絵画表現へと昇華させることに見事に成功しているのです。

【アブストラクト・ペインティング】

1976年からはじまったアブストラクト・ペインティングは、40年以上続いている1番長いシリーズです。作品数と多様性において、リヒター作品の中核を担っています。今までの作風から解き放たれたかのように色を重ねて削る行為を繰り返すことで、色彩を何層にも重ねていき、そこに圧倒的な色彩の強度が立ち現れています。この作品が軸となり、一見、他の作品同士が分断しているという批評家の評価を覆うことに見事成功しています。世界的な評価を確立する要因にもなっています。

【ミラーペインティング】

リヒターはガラスの作品も制作しています。そのなかでも2015年に完成した愛媛県豊島にある作品ゲルハルト・リヒター 14枚のガラス/豊島」は、正方形に近い透明な14枚のガラス板が、連続してハの字を描くように少しずつ角度を変えて並んでいる美しい作品です。全長は約8メートル。リヒターによるガラスの立体作品としては、最後にして最大のものです。作品を収める箱型の建物も、リヒター本人のアイデアとデザインに基づいて建てられました。竹林に囲まれた斜面に立つ建物は、たくさんの光が入るように設計され、時間の経過や季節、天候に応じて、室内に入る光の強さ、方向、色合いが変化します。14枚のガラスはその光を反映し、周囲の風景や見る人自身の影を映し込んで、無限の表情を見せてくれるのです。

【リヒター作品の価格は青天井!】

2012年、サザビーズ(オークション会社)がロンドンで行った競売で、リヒターの抽象画が約2132万ポンド(約26億9千万円)という当時の生存作家の最高額が付きました。作品は1994年に制作された「アプストラクト・ビルト(809―4)」というタイトルで、赤、黒、黄で構成された絵画です。この作品はミュージシャンのエリック・クラプトンが所有していたことでも有名です。
その後、2018年11月に画家のデイビット・ホックニー(英国)が価格を更新しましたが、年々、高騰していくリヒター作品は、将来的には歴史的な絵画に肩を並べ、超えていくことでしょう。まさに青天井のアーティストなのです。なぜなら、リヒターの場合、派手なセルフプロモーションをすることもなく、美術家としての能力のみによって評価されている数少ない作家だからです。まさに、現代アートを代表する最重要人物といえます。

【おわりに】

おそらく世界で活躍する海外のグローバルアーティストのなかで、リヒターは最も注目されているアーティストです。常に世界中の美術館で企画展が開催されて、常に作品は国境をこえて、世界中で愛されているのです。そして、なにより現存する最高峰のアーティストの作品をみることは、同時代を生きる私たちにとって、またとない喜びと刺激に満ちていることでしょう。リヒターが今後はどんな作品を発表していくのか、ますます目が離せません。

最後に、リヒターのこんな言葉を贈ります。

「絵画がこの不可解な現実を、比喩において、より美しく、より賢く、より途方もなく、より極端に、より直感的に、そして、より理解不可能に描写すればするだけ、それはよい絵画なのです。」

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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