レンブラント : 光と陰


(Public Domain /‘Rembrandt van Rijn 1632’ by Rembrandt van Rijn. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

レンブラントは17世紀オランダの画家である。当時のオランダはスペインから独立を果たし、商業港国として隆盛を迎えていた。レンブラントはこうした時代に、画家が商業的な側面を強めつつある空気の中に生まれた。画家が大衆にアピールしなければならなかった時代において、レンブラントはどう生きたのか。彼の二つ名のように言われる「光と陰」という技法から見ていこう。

(Public Domain /‘The Nightwatch’ by Rembrandt van Rijn. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

◇ レンブラントの『夜警』

ここに一枚の絵があります。『夜警』です。17世紀ネーデルラント(現在のオランダ)出身の画家、レンブラントの作品です。有名な絵なので、絵画に詳しくなくても、一目は目にしたことのある方が多いのではないでしょうか。
この作品が名作とされる理由は数多くありますが、この記事では主に「光と陰」の表現に焦点を当てます。レンブラントは「光と陰」の画家と呼ばれます。独特な光と陰の表現からそのように呼ばれるのですが、光と陰に満ちているのは作品だけではありません。彼の人生もそうだったのです。レンブラントの波乱万丈の人生は、現代に生きる私たちにある重要な問いを投げかけます。レンブラントの作品を見ながら、その問いに迫っていきましょう。

◇ 神童レンブラント

初めに簡潔にレンブラントの来歴を説明しましょう。レンブラント、本名レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レインは、1606年、スペインから独立する直前のネーデルラントで、製粉業を営む父の下、ごく一般的な中流家庭に生を受けました。
飛び級で大学に入学するなど早熟でしたが、レンブラントが興味を示したのは絵でした。大学に入学したものの、もっぱらデッサンに注力し、結局数ヶ月で退学。本格的に画家を目指し始めます。スヴァーネンブルフという高名な画家の下で解剖学に至るまで絵画に必要な知識を学び、3年が過ぎた頃には、若干18歳であったにも関わらず、すでにネーデルラント史上最高の画家と呼ばれるまでの名声を手にします。恐ろしく早熟です。元来の天才性ゆえか、はたまた絵に対する熱意のためかは分かりません。その両方かもしれません。何にせよ、レンブラントの凄まじさが分かると思います。

◇ ネーデルラントの隆盛

もう少し歴史的な事柄に触れておきましょう。個人と歴史的背景は不可分です。
17世紀のネーデルラントは隆盛を極めました。宗主国スペインから独立を勝ち獲ったのです。スペインから課せられていた重税は無くなり、同じくスペインから強制されていた禁欲的なカトリック信仰は、利潤追求を認めるカルヴァン派に取って代わられました。加えてその立地です。ネーデルラントは、ヨーロッパ貿易の大動脈であるライン川の入り口となる港を抱える港湾国家です。
こうした理由から、ネーデルラントはヨーロッパ随一の商業国家として栄えました。
商業が栄えれば、商人が力を持つようになります。絵画の依頼主も、貴族から、商人・商業組合などにシフトします。『夜警』の依頼主も自警団の市民達です。画家はもはやパトロンに庇護される存在ではなくなりつつありました。お決まりの聖書のモチーフや、パトロンの肖像画を描くだけでは身を立てられない時代になったのです。より市民的な感性にアピールし、大衆に気に入られる画家とならなければやっていけません。時にはプライドを捨てて迎合することも必要だったでしょう。
レンブラントが生きたのはこのような時代でした。

(Public Domain /‘The Nightwatch’ by Rembrandt van Rijn. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

◇ レンブラントのキアロスクーロ(明暗法)

さて、歴史の講義はこの辺にして、『夜警』を参考にレンブラントの技法に迫っていきましょう。もう一度『夜警』を見てください。中央の2人や、中央左寄りの少女に光が当たり、強調されています。このように光と陰のコントラストを強調する画法はキアロスクーロと呼ばれます。レンブラントにのみ独特なものではありません。では、レンブラントのどこが独特だったのでしょうか。比較対象として他の絵を取り上げてみましょう。以下の絵を見てください。

(Public Domain /‘The Calling of Saint Matthew’ by Caravaggio. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

イタリアの画家カラヴァッジョ(1571-1610)の作品です。レンブラントの先人に当たりますが、顕著な光と陰の表現が見られます。『聖マタイの召命』という絵で、マタイが改宗してキリストに付き従うという、聖書の一場面を描いています。キリストの威光がマタイを照らすように、光が強く鋭く差し込み、コントラストを強調しています。非常にドラマティックです。
レンブラントの『夜警』との違いは何でしょうか。最大の違いは、『夜警』が肖像画であることです。自警団の構成員18人が公平に画料を出し合い、レンブラントに制作を依頼したのです。となれば、通常、依頼主達を公平に描かなくてはなりません。しかし、見て分かるように、『夜警』は、会社の慰安旅行の集合写真のような味気ないものではありません。考え抜かれた構図と躍動感はまるで映画のワンシーンのよう。そして、何より描かれている人物の扱いが公平でないのです。中央にいるのが隊長と副隊長です。上述したように、二人には光が当たっています。しかし、その他の人物は影の中に沈み、背景に近い扱いです。よく見ると顔もぼかして描かれています。まして右側の人物などは腕で顔が遮られてしまっています。肖像画を依頼してこのような絵を渡されたら不満に思うでしょう。ましてや画料は公平に折半しているのです。実際、依頼主達からは不満が噴出しました。もっとも、隊長と副隊長は別だったようですが…。
何はともあれ、『夜警』の特異性はこの点です。つまり肖像画にドラマティックな光と陰の表現を持ち込んだのです。実際に不満が噴出したように、肖像画でこうしたことを行えば波風が立つのは目に見えています。大衆に迎合した仕事ではありません。そこにはレンブラントの芸術家としての美意識があります。時代性を考えれば危険な自己表現です。そしてその大胆な自己表現ゆえに、『夜警』は現代でも取り上げられるほどの名画なのです。
しかしながら、やはり、当時は『夜警』に関しての評価は別れました。この辺りからレンブラントの人生は陰り始めるのです。

◇ レンブラントの人生の光と影

レンブラントには元々浪費癖がありました。若くして大成功を収め、資金も潤沢でした。美術品を買い漁ったり、豪華な邸宅を購入したりしています。単に物欲が強かったのか、あるいは彼の芸術性から来る一種のエキセントリシティーだったのかは分かりません。いずれにしても、そうした絶頂は長くは続きませんでした。
『夜警』の制作前後、レンブラントは数々の不幸に見舞われています。制作の数年前に生まれた長男は2ヶ月で死去、その後生まれた長女も同じく1ヶ月ほどで亡くなり、さらに『夜警』の制作年には妻のサスキアも病死してしまいます。『夜警』の明暗表現にはレンブラントのこうした経験が何らかの形で反映されているのかもしれません。
そして、上述したように、レンブラントの芸術性は市民的感覚から乖離し始めていました。顧客は徐々に離れていきました。そこで生活を見直せばよかったのですが、彼の浪費癖はとどまることを知りませんでした。遂には借金をするようになり、晩年は収集していた美術品を売ってしのぐ生活を余儀なくされます。しかし、それでもレンブラントの魂は陰ることはなく、むしろ芸術に対する探究心は深まったと言われています。依頼は少なくなりましたが、依然として創作欲は衰えませんでした。最晩年の彼は、娘のコルネリア、そして老女中と質素な生活を送ります。1日の食事はパンとチーズだけであったとも伝えられています。レンブラントの大胆な光と影の技法は、彼の人生にも劇的な光と影のコントラストを作り出しました。それは彼の人生を翳らせ、他方で、芸術家としての彼の魂を眩く輝かせたのです。

◇ 現代に生きる私たち

鋭い方ならもうお気づきかもしれませんが、私たちはレンブラントの人生に自分を重ね合わせることができます。現代はメディアやSNSが発達して、始終周りの顔色を伺わなければならない時代です。ほとんど監視されていると言っても良いほどです。恐れず自己表現をすることには相当の勇気が必要です。レンブラントの時代は、そうした「大衆への迎合性」が産声を上げた時代でもありました。レンブラントは芸術家であり、恐れず自己表現を行いました。自己表現は一般人である私たちにも決して無縁のことではありません。芸術作品を作らなくとも、私たちは自分自身の人生を通して自己表現を行っているのです。それは何も大げさなことではありません。誰も見ていないような些細なことかもしれません。好きなものを食べる、素直に思ったことを言う、そんな小さな日常の一コマが全て掛け替えのない自己表現なのです。
そして、他方にはいつも他人の視線への恐れがあります。「いつも上司の顔色を伺ってしまう」、「他人に笑われるのが怖い」。誰しも持っている感情です。レンブラントはその感情と対峙し、結果、光と影の激しいコントラストの中に生きました。私たちは一体どのように生きるべきなのでしょうか。自分を殺すか、恐れず自己表現をするべきなのか。自己表現の先には暗澹たる未来があるかもしれません。同時に眩い光も見つかるかもしれません。レンブラントの光と影の技法は、現代に生きる私たちにそのような問いを投げかけるように思えます。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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