アッバス・キアロスタミ:イランを代表する映画監督

アッバス・キアロスタミは1940年にイランで生まれた映画監督です。映画監督のほかにも脚本家や写真家としても活躍していました。そんなキアロスタミの人生と作品について詳しく解説していきます。

■アッバス・キアロスタミとは

アッバス・キアロスタミは1940年6月22日、イランにあるテヘランという街で生まれました。彼はテヘラン大学を卒業したのち、1970年に短編映画『パンと裏通り』を制作。1973年には長編映画も制作しています。

その後『友だちのうちはどこ?』や『オリーブの林を抜けて』などの作品が高い評価を受け、1997年には『桜桃の味』がカンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞を受賞。1999年の『風が吹くまま』ではヴェネツィア国際映画祭審査委員特別大賞を受賞し、キアロスタミは世界的にも名前を知られる監督となっていきました。

※オリーブの林を抜けて

※桜桃の味

※風が吹くまま

2008年にはフランスで開催されるエクサン・プロヴァンス音楽祭の出し物としてモーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』の演出を担当。その後も監督のみならず幅広い活動を行っていましたが、2016年に長年患っていたがんのためパリで死去。76歳でその生涯を閉じることになります。

■アッバス・キアロスタミの作品

アッバス・キアロスタミは自らを日本の映画監督、小津安二郎のファンと語っており彼の作品にも至るところに小津の影響が見られます。また小津に捧げる作品として『5 five 〜小津安二郎に捧げる〜』も制作しました。

そんなアッバス・キアロスタミの主要な作品についてご紹介します。

・『友だちのうちはどこ?』 1987年

本作は1987年に公開され、ファジル国際映画祭で最優秀監督賞、審査委員特別賞を受賞しました。また1989年のロカルノ国際映画祭では銅豹賞をはじめ多数の賞を受賞しており、国際的にも高い評価を受けた作品です。

舞台はイラン北部のコケールという村。小学生のモハマッドは宿題をノートではなく紙にやってきてしまい、先生から「同じことをもう一度やったら退学だ」と厳しく叱られてしまいます。その日モハマッドの隣の席に座ったアハマッドは、帰宅後に間違ってモハマッドのノートまで持って帰ったことに気づきます。ノートがないと宿題ができずモハマッドが退学になってしまうと思ったアハマッドは、隣の村まで彼にノートを届けに行きます。

しかし村に着いてもモハマッドの姿が見当たりません。村の人に尋ねると少し前に小学校のあるコケール村(自分が住む村)へ出かけていったというのです。アハマッドは急いで追いかけますがなかなかモハマッドに会うことができず時間だけが過ぎていきます。

・『そして人生は続く』 1992年

本作は1992年に制作され、カンヌ国際映画祭でも上映されたセミドキュメンタリー作品です。『友だちのうちはどこ?』の撮影地で地震が起きたことを知ったキアロスタミが現地を訪れた時の様子が元になっています。

1990年、映画『友だちのうちはどこ?』の撮影地でもあるイラン北部で大地震が発生。ある映画監督と息子は出演者の安否確認のため村に向かったものの地震によって道のほとんどが崩壊しており、長時間かけてようやく映画の舞台となる村にたどり着きます。その後映画に出演した子どもを見つけ、その子どもの案内で地震により家を失った人が滞在しているテント村を訪れるのです。

・『トスカーナの贋作』 2010年

本作は2010年に公開されたフランス、イタリアの合作映画です。第63回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、ジュリエット・ビノシュが主演女優賞を受賞しました。

舞台はトスカーナの小さな村。『贋作 本物より美しき贋作を』という本を発表したジェームズの講演が行われており、それを一人の女性が息子を連れて聞きに来ていました。講演の後ジェームズは女性が経営するギャラリーを訪れ、誘われるがまま《トスカーナのモナ・リザ》という贋作を見に行きます。その後カフェで休憩していると店員から夫婦に間違えられ、これをきっかけに2人は「長年連れ添った夫婦」をゲームのような感覚で演じていくのです。

■おわりに

アッバス・キアロスタミは母国であるイランを舞台にしたさまざまな作品を制作し、国内はもちろん国際的にも高い評価を受けました。惜しくも76歳でその生涯を閉じることになりますが、もしキアロスタミがより長い人生を歩んでいたらどのような作品を制作していたのでしょうか。そんな思いを馳せながら彼の作品を見返すとより楽しめるかもしれません。

出典:Wikipedia 友だちのうちはどこ? (02.2021)

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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