アレックス・コックス:『レポマン』や『シド・アンド・ナンシー』を手がけた映画監督

※画像はイメージです

アレックス・コックスは1954年にイギリスで生まれた映画監督です。彼は『レポマン』や『シド・アンド・ナンシー』といったインディペンデント映画を制作し高い評価を得ました。そんなアレックス・コックスの人生と作品について詳しく解説していきます。

■アレックス・コックスとは

アレックス・コックスは1954年12月15日イギリスにあるベビントンという街で生まれました。彼はブリストル大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校で映画を研究し、ロサンゼルス校在学中には初の短編映画となる『エッジ・シティ』を制作しました。

その後コックスは友人と共にプロダクションを設立し『レポマン』の制作を決意。完成後無事シカゴ、ロサンゼルスで上映されますが、制作中はユニバーサルスタジオと予算についての話がうまくまとまらず決して順調な撮影ではありませんでした。

またコックスはニカラグア共和国とサンディニスタ政府に非常に関心を抱いており、ニカラグア共和国に訪問しその地で映画撮影に取り組むようになっていきました。1987年に制作した『ウォーカー』はユニバーサルスタジオから600万ドルの支援を取り付けたものの完成した作品はあまりに政治的かつ暴力的なものでスタジオの好みに合うものではなく、結局映画自体も興行的には失敗に終わりハリウッドから距離を置くことになります。

その後メキシコで撮影をするようになり、1991年にはメキシコの警察をテーマに描いた社会派ドラマ『エル・パトレイロ』が公開。BBCでも放送され話題となりました。

■アレックス・コックスの作品

コックス作品の特長は『シド・アンド・ナンシー』や『ウォーカー』をはじめとした異色作が多い点でしょう。
そんなコックスの主要な作品についてご紹介します。

・『レポマン』 1984年

本作は1984年に公開されたアレックス・コックスの監督デビュー作品です。

舞台はアメリカ、ロサンゼルス。主人公の青年オットーは家族から疎まれ、働いていたスーパーマーケットも解雇されるなどやるせない日々を送っていました。ある時オットーはバッドという男に出会います。バッドは借金の返済を滞らせた客の車を回収する「レポマン」と呼ばれる職に就いており、オットーは自分もレポマンになりたいとバッドに憧れを抱きます。

ある日オットーたちは高額な懸賞金がかけられた車の回収に成功。しかしその車には宇宙人の死体が積まれており、それをきっかけに政府の手先から追われることになるのです。

・『ストレート・トゥ・ヘル』 1987年

本作は1987年に公開された作品で、メキシコで撮影された過激なアクションが見どころの映画です。

3人組の間抜けな殺し屋ノーウッド、シムズ、ウィリーは雇い主デイドから依頼された仕事に失敗しメキシコへ逃亡。しかし国境を越え砂漠の中心にある街に入ったところで車がエンストしてしまい、仕方なくその町に滞在することに。ところがその街は血気盛んな連中が住む物騒な街であり、彼らは凄惨な乱闘に巻き込まれることになります。

・『ウォーカー』 1987年

本作はニカラグア共和国の大統領となったウィリアム・ウォーカーをテーマとした映画で、1987年に公開されました。アメリカ中心の世界観に反抗心を燃やすコックスの姿勢を顕著に表した作品だといわれています。

時は19世紀半ば。メキシコの独裁政権から民衆を解放すべく、アメリカ部隊はメキシコへ制圧に向かいます。しかし制圧は失敗に終わり、隊長のウィリアム・ウォーカー含め部隊は本国へ戻ることに。

後日財界の大物ヴァンダービルトにウォーカーは呼び出され、「ニカラグア共和国を支配せよ」と命令を受けます。ウォーカーは命令通りニカラグア共和国全土を制圧。自らを大統領と宣言して2年にわたりその国を統治します。しかし横暴なやり方で現地民はもちろんアメリカからも反発を買い、最後には処刑されてしまいます。

■おわりに

アレックス・コックスは心奪われていた南米の地をテーマに映画を制作しました。彼のアメリカに対する反抗心が如実に表れているものもあり、コックス作品を鑑賞するうえでは欠かせない要素といえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧