イム・グォンテク:韓国を代表する映画監督

※画像はイメージです

イム・グォンテクは1936年に韓国で生まれた映画監督です。朝鮮戦争のあと映画製作に携わるようになり、『族譜』や『シバジ』といった韓国映画史に残る作品を制作しました。そんなイム・グォンテクの人生と作品について詳しく解説していきます。

■イム・グォンテクとは

イム・グォンテクは1936年5月2日、韓国にある長城(チャンソン)という街に生まれました。その後光州(クァンジュ)で育ち、朝鮮戦争の後はソウルで照明や小道具関連のアシスタントとして映画業界で働くことになります。

グォンテクの初監督作品は1962年の『豆満江よさらば』で、1981年には『曼荼羅』がベルリン国際映画祭に出品され高く評価されました。

■イム・グォンテクの作品

グォンテク作品の特長は韓国の歴史、そして現代韓国の文化的な部分に焦点を当てていることです。彼の作品は新しい韓国映画の波を作り上げたと考えられており、国際的にも高い評価を受けています。

そんなグォンテクの主要な作品についてご紹介します。

・『シバジ』 1986年

本作は代理母をテーマとした作品で、1986年に制作されました。

時は李氏朝鮮時代。金を受け取る代わりに代理で妊娠・出産を行う、「シバジ」と呼ばれる女性たちがいました。シバジを母に持つ17歳の少女オンニョは、跡継ぎの男子に恵まれない名家、シン家のためにシバジを引き受けることになります。シン家のサンギュは気が進まなかったものの、妻のユーンに促されたこともありオンニョを受け入れます。しかし2人の関係は徐々に親密なものとなっていき、それが知られてしまったオンニョは厳しい罰を受けることに。そんなときオンニョの身には妊娠の兆しが表れていました。

・『アダダ』 1987年

本作は李氏朝鮮時代の思想が色濃く残る韓国で、過酷な運命を生きる少女の姿を描いた作品です。第4回東京国際映画祭アジア秀作映画週間に出品されたことでも話題になりました。

1920年代の韓国。地方の有力者の家に生まれた美しい少女アダダは、聴覚障害を持っており嫁ぐことができずにいました。それを案じた両親は土地を持参金とし、貧乏なヨンファンのもとに彼女を嫁がせることにします。アダダは愛する夫のため懸命に働き、徐々に貧乏生活から抜け出せるようになっていきました。

しかしヨンファンは満州で事業に成功し大金を得るとアダダにつらく当たるようになり、ついには追い出してしまいます。しかたなく彼女は実家に帰りますが、父親は一度嫁いだ娘の出戻りを許しませんでした。

・『祝祭』 1996年

本作は1996年に公開された作品で、葬式の喪主となった人気作家とその葬式に集まる人々の人間模様を描いた物語です。

舞台は韓国、中道地方の田舎町。人気作家のジュンソプは87歳の母が急死したという連絡を受け、妻と娘とともに帰省することになります。葬式ではジュンソプが喪主を務めますが、長い間母の介護を義姉任せにしていたこともあり肩身の狭い思いをしていました。

そこに文芸誌編集者のヘリムと、13年前に家出し音信不通だった姪のヨンスンがやってきます。ヨンスンは死んだ兄と愛人の娘であり、ジュンソプの家に引き取られてからも親戚の中で度々問題を起こしていました。ヘリムはジュンソプが自身の家族をテーマにした作品の中にヨンスンの存在がないことが気になり、その理由を探るため取材と称しヨンスンに近づきます。

・『酔画仙』 2002年

本作は貧しい家に生まれながらその才能で宮廷画家にまで上り詰めたチャン・スンオプという実在の人物を元にした作品です。またカンヌ国際映画祭で韓国映画史上初の監督賞を受賞したことでも話題になりました。

時は1850年代、朝鮮王朝末期。学者であるキム・ビョンムンは、街で殴られていた貧しい子どもチャン・スンオプを助けます。数年後街はずれの画材屋に住み込みで働いていたスンオプは、紙を買いに来ていたキムと再会。キムはスンオプの人並外れた絵の才能に驚き、知り合いの画家に弟子入りさせるのです。

■おわりに

イム・グォンテクは韓国ではもちろん、国際的にも高い評価を得ている映画監督です。グォンテクは2010年に最新作を発表して以来新しい作品を出していませんが、彼の才能溢れる映像をまた見ることができるのか期待されます。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧