ウマール・ガンダ:ニジェールを代表する映画監督

ウマール・ガンダはニジェールのニアメに生まれた映画監督です。ナイジェリア映画をはじめとしたアフリカ映画を国外に紹介し、大きな注目を集めました。1981年に心臓発作で亡くなってしまいましたが、そのアフリカ映画への貢献から今も大きな尊敬をあつめています。そんなウマール・ガンダについて解紹介します。

■ウマール・ガンダとは

※ニアメの景観
※コートジボワールの町並み

ウマール・ガンダは1935年にニジェールの首都ニアメで生まれました。16歳になるとフランス極東遠征隊に入隊し、2年間アジアに駐留したのちニジェールに帰国します。その後はコートジボワールに移住し、そこでフランスの映画監督ジャン・ルーシュに出会います。ルーシュと親交を深めていく中で映画の魅力に夢中になった彼は、フランス文化センターで監督や撮影、音響のクラスを提供する技術者に出会い、助手として採用されることになります。

ガンダは1960年代から1970年代にかけて作品を制作し続け、その多くは母国が抱える問題を明らかにする表現に満ちており、その点が高く評価され国際的な称賛を受けることになります。1970年に制作した『Le Wazzou polygame 』ではFESPACOフィルムフェスティバルベストフィルム賞を受賞。その後も数々のドキュメンタリー作品を制作しましたが、1981年1月1日に心臓発作でその生涯を閉じることになります。

■ウマール・ガンダの作品

ガンダは彼の個人的経験やアフリカの文化をテーマとした作品を多く残しており、作中では彼が従軍した第一次インドシナ戦争やアフリカにおける一夫多妻制などが描かれています。文化や民話を扱った彼の作品は国際的な評価を受けるとともに、ニジェールにおける映画文化の発展にも大きく貢献しました。

そんな彼の手がけた主な作品についてご紹介します。

・『Cabascabo』 1968年

『Cabascabo』は主人公、カバスカボによる戦争体験の告白を描いた内容で、ガンダ自身の経験に基づいて制作された作品です。

『Cabascabo』は1968年にパリで初めて上映された後、カンヌ国際映画祭でも上映されました。第6回モスクワ国際映画祭ではディプロマ(公式証明書)を獲得し、マラガ国際映画祭においても国際批評家賞を受賞。またカルタゴ映画祭でも名誉賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を受けました。

・『Le Wazzou polygame 』 1970年

1970年に制作され、ガンダの2作目となった作品です。アフリカにおける一夫多妻制と強制結婚をテーマとしており、ナイジェリア社会と権力者に対して批判的な内容となっています。1972年のワガドゥグ全アフリカ映画祭(FESPAKO)で大賞を受賞しました。

『Le Wazzou polygame 』はガンダ初のカラー作品であり、アフリカ文化を色濃く表現したとして高く評価されました。

■おわりに

ウマール・ガンダは1935年にニジェールで生まれた映画監督であり、フランス極東遠征部隊に従軍したのち映画業界に入った人物です。その作品は第一次インドシナ戦争や故郷のニジェール、そしてアフリカの民話などをテーマとしており、国際的な映画祭で上映されるとすぐに大きな注目を集めました。

ガンダは1981年に心臓発作で短い生涯を閉じることとなりますが、ニジェール映画の発展に大きく貢献した人物であったといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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