ダニー・キャノン:『CSI:科学捜査班』や『NIKITA / ニキータ』を制作した映画監督

ダニー・キャノンは1968年10月5日にイギリスのルートンで生まれた映画監督です。16歳という若さで映画を撮影し始め、1990年代には『プレイデッド』や『ジャッジ・ドレッド』といった作品を制作。2000年代からは『CSI:科学捜査班』や『NIKITA / ニキータ』などのテレビシリーズ作品を制作するようになり、高い評価を得ました。そんなダニー・キャノンの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ダニー・キャノンとは

ダニー・キャノンは、1968年10月5日イギリスのルートンに生まれました。16歳のころにはすでに映画を撮り始めており、制作グループを立ち上げて数々の作品を制作しています。1988年から1990年にかけては国立映画テレビ学校に通い、在学中に制作した『プレイデッド』はチャンネル4で上映されたほか、卒業制作『ストレンジャー』はエジンバラ国際映画祭に出品されました。

その後ジェームズ・ギャレットとともにRSAのコマーシャル番組に取り組み、 『ヤング・アメリカンズ』を制作。また、シルベスター・スタローンが出演する『ジャッジ・ドレッド』を制作したものの、批評的には成功しませんでした。

シルベスター・スタローン

しかし、2000年代に入ってテレビシリーズの仕事が舞い込むようになり、『CSI:科学捜査班』、『NIKITA / ニキータ』、『ALCATRAZ/アルカトラズ』といった作品を制作。また、2014年には『GOTHAM/ゴッサム』のパイロット版の監督を務めたことで話題になりました。

参考サイト:Wikipedia 閲覧2021年3月2日
ダニー・キャノン
Danny Cannon

■ダニー・キャノンの作品

ダニー・キャノンの作品は映画作品よりもテレビシリーズの方が有名なことが多く、映画作品はあまり知られていないかもしれません。しかし、映画作品も登場人物たちの心情の描き方やストーリーの展開は非常にユニークなもので、キャノンらしさがうかがえます。
そんなダニー・キャノンの主要な作品についてご紹介します。

・『ヤング・アメリカンズ』  1993年

本作品は1993年に制作されたイギリスのクライム映画であり、キャノンの映画監督としてのデビュー作品にあたります。

ニューヨーク市警察麻薬捜査課の刑事ジョン・ハリスは、ロンドンで続発する麻薬犯罪に対応するためのアドバイザーとしてロンドン警視庁に招かれます。アドバイザーとしての仕事としての一方で、ジョンはヨーロッパに潜伏していると思われる麻薬王フレイザーを逮捕するという極秘任務も得ていました。

その一方でロンドンでは、「ヤング・アメリカンズ」と称するストリートキッズたちによる殺人事件が続発しており、ハリスはその捜査に合流することになります。ディスコのバーテンとして働く若者クリスの協力を得て、ジョンは「ヤング・アメリカンズ」の背後にフレイザーがいることを確信するようになります。

参考サイト:Wikipedia プレイデッド 閲覧2021年3月2日

・『ジャッジ・ドレッド』 1995年

本作品は1995年に制作されたアメリカのSF映画で、イギリスの同名コミック『ジャッジ・ドレッド』の映画化作品にあたります。

時は西暦2139年。核戦争を経て人類が住む「メガシティ・ワン」は犯罪都市と化していました。状況を重く見た政府は街の秩序を取り戻すべく「ジャッジ」と呼ばれるエリート集団を取り入れることになります。ジャッジは逮捕した犯罪者をその場で裁判、判決、そして刑執行まで行える権限を持つ集団で、そのグループのリーダーである男が「ジャッジ・ドレッド」でした。

ある日ジャッジ・ドレッドは身に覚えのない殺人罪で逮捕されてしまいます。そしてドレッドは大きな陰謀に巻き込まれていくのです。

参考サイト:Wikipedia ジャッジ・ドレッド 閲覧2021年3月2日

・『GOAL!』 2005年

本作品は2005年に制作された作品で、国際サッカー連盟公認の映画であり、デビット・ベッカム他プロサッカー選手がゲスト出演したことでも話題になった作品です。

主人公はメキシコの貧しい街に生まれたのち不法移民としてアメリカにわたり、ロサンゼルスで育ったサンティアゴ。彼にはサッカーの目覚ましい才能があり、イングランドの一流サッカー・チーム『ニューカッスル・ユナイテッドFC』の元スター選手であるグレンから声をかけられます。グレンは現役時こそスター選手であったものの今はしがない自動車整備工であり、若く才能あふれるサンティアゴに強い期待を抱いていました。

サンティアゴはサッカー選手になることを夢見るようになりますが、父親のヘルマンからは不法移民が大それた夢を見るなと反対されてしまいます。しかし陽気な祖母メルセデスはサンティアゴを励まし、サンティアゴはイギリスにわたることになります。

サンティアゴはなんとか入団テストを受けたものの、大きな失敗をしてしまいます。しかし有名選手であるガヴァンによって才能が認められ、サンティアゴは1カ月間の練習生として認められます。時に羽目を外して監督や恋人である看護師のロズからにらまれることもあったものの、補欠として出場した試合では見事ゴールを決めます。

しかしそんな中不仲だった父親が亡くなってしまいます。サンティアゴは父親の葬儀のために帰国することもなく練習を続け、ついにレギュラーとして試合に参加するチャンスが訪れます。サンティアゴは最後のフリーキックでチームを優勝に導きますが、そこで亡くなった父親がサンティアゴの初めての試合をテレビで応援していたことを知るのです。

参考サイト:Wikipedia GOAL! 閲覧2021年3月2日

・『CSI:科学捜査班』 2000年-2015年

本作品は2000年から2015年にかけて制作された作品で、ネバダ州ラスベガスを舞台に最新科学を駆使して凶悪犯罪に挑むラスベガス警察科学捜査班の活躍を描いた作品です。キャノンは2000年から2007年にかけての11話の脚本、25話の監督、そして85話の製作総指揮をつとめました。

参考サイト:Wikipedia CSI:科学捜査班 閲覧2021年3月2日

・『NIKITA / ニキータ』 2010年

本作品は2010年に制作されたアメリカのテレビドラマシリーズで、キャノンは6話の監督を務めたほか、73話の製作総指揮をつとめました。

6年前、不良少女のニキータはドラッグ欲しさに薬局を襲撃し、その際警察官が亡くなったことから有罪になり死刑を宣告されてしまいます。死刑に処せられる寸前、ニキータはアメリカ政府の要人6名で構成される組織「オーバーサイト」の機密組織「ディヴィジョン」にリクルートされて命を救われ、その後はスパイ兼暗殺者として働かされます。

任務を通してディヴィジョンのために働くニキータであったものの、ダニエル・モンローという男性と恋に落ち、やがて二人は婚約。しかし機密保持のためその事実を重大にとらえた組織はダニエルを殺害。それに衝撃を受けたニキータは自らの死亡を偽装し、ディヴィジョンから脱出。姿をくらましてしまいます。

参考サイト:Wikipedia NEKITA/ニキータ 閲覧2021年3月2日

左端:ダニーキャノン

■おわりに

ダニー・キャノンはイギリスで生まれた映画監督で、当初は映画作品を制作していたものの、やがてテレビシリーズを制作するようになった人物です。映画作品は酷評されることが多かったものの、それらの演出やストーリー展開は、のちに大ヒットすることになるテレビシリーズの基礎となっています。『CSI:科学捜査班』や『ニキータ』のファンの方は、ぜひ鑑賞してみることをおすすめします。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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