テリー・ギリアム:コメディアンからキャリアをはじめた映画監督

テリー・ギリアムは、1940年にアメリカ合衆国ミネソタ州で生まれた映画監督です。イギリスのコメディグループ「モンティ・パイソン」で活動する一方、『未来世紀ブラジル』や『フィッシャー・キング』などを制作し、イギリスを代表する映画監督になりました。そんな彼の人生と作品について詳しく解説していきましょう。

■テリー・ギリアムとは

テリー・ギリアムは、1940年11月22日にアメリカ合衆国のミネソタ州で誕生します。妹が気管支喘息を発症した事により、一家はカリフォルニア州へ移住。その後、彼はバーミンガム高校へ入学し、生徒会長を務めました。また、卒業を祝うダンスパーティーでは、「最も成功しそうな男」に選出されています。高校を卒業した後はオクシデンタル大学へ進学。物理学を専攻する一方、学生雑誌『ファング』を運営し、卒業後には広告代理店へ就職しました。

しかし、広告代理店の仕事は長く続かず、学生時代から尊敬していた『MAD』の編集者ハーヴェイ・カーツマンからの誘いにより、雑誌『ヘルプ!』の編集者へ転職。1960年代半ばにはイギリスへ渡り、フリーのイラストレーターとして雑誌の仕事や、子ども向け番組『ドゥ・ノット・アジャスト・ユア・セット』に参加するなど、アニメーション制作に携わるようになっていきました。そして、出世作となるBBCテレビのコメディ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』に参加する事になります。彼は出演者として参加する一方、アニメーションを制作し、人気を集めるようになっていきました。

『Mr. Creosote – Monty Python’s The Meaning of Life』

その後は、映画監督としての活動を始めます。1975年、テリー・ジョーンズと共に『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』を制作。そして、1977年には初の単独監督作となる『ジャバーウォッキー』を制作し、徐々に映画監督としての名声を得るようになっていきました。

その後に『未来世紀ブラジル』を制作しますが、この作品は編集権を巡ってユニバーサルと争う事になります。次作の『バロン』では予算オーバーにより、制作費回収もままならない状況に陥ってしまいました。さすがの彼も「映画制作が嫌になった」とこぼすほどの有様でしたが、その後に制作した『フィッシャー・キング』では、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞し、世界的な名声を得ています。

■テリー・ギリアムの作品

テリー・ギリアムが手がける作品の特徴といえば、彼自身のユーモア性ではないでしょうか。子ども向け番組に携わり、映像制作のキャリアをスタートさせた彼は、幅広い世代を対象とした作品を制作しました。

そんな彼の作品について、主要な物をご紹介しましょう。

※ドゥーン城(映画のロケ地)

・『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』 1975年

本作品は、彼の初監督作品です。制作費が非常に少なかったため、本物の城跡をセットとして使用したり、役者やセットを使い回したりするなど、努力が求められました。一方、コメディ映画でありながら綿密な時代考証が行われた作品として、高い評価を受けています。

物語の舞台は、932年のイングランド。アーサー王と従者パッツィーは共に旅を続けていましたが、疫病に苦しむ村や政治を批判する農民、腕や足を切られても「痛くない」と主張する黒騎士などに出会います。この旅は決して簡単な道のりではありませんでしたが、円卓の騎士たちを仲間にし、彼らは聖杯を見つける旅に出ました。

『’Monty Python and the Holy Grail’ 40th Anniversary Official Trailer』

・『未来世紀ブラジル』 1985年

本作品は、情報統制がなされた「20世紀の架空の国」を舞台にしたSF映画です。

物語の舞台は、とある国。情報省がテロの容疑者「タトル」を「バトル」と打ち間違えた事により、無関係なバトル氏が連行されるという騒動が起きていました。その一部始終を見ていたトラック運転手の女性ジルは、情報省へ抗議するものの、全く相手にされません。一方、情報省に勤めているサムは、この誤認逮捕を何とかするべく試行錯誤します。そんな彼は、最近になって自身が騎士の格好をして美女を助け出すという不思議な夢を見ていました。そして、情報省に抗議に来ていたジルがその美女にそっくりだという事に気が付くのです。

ある日、サムが帰宅すると、ダクトが故障していました。そして、ダクト修理屋を名乗るタトルという人物が現れ、勝手にダクトを直してしまいます。そんなタトルを不思議に思いながらもベッドに入ったサムは、再び夢の中で自身が怪物と戦い、美女を救う夢を見ました。サムはジルの正体を知るために昇格を希望し、徐々に不思議な物語へ巻き込まれていきます。

『BRAZIL Clip – Plastic Surgery (1985) Terry Gilliam』

・『バロン』 1988年

本作品は、口承されてきたドイツ民話「ほら吹き男爵の冒険」を元に、最新鋭技術を駆使したファンタジー映画で、第62回アカデミー賞では4部門にノミネートされています。

18世紀後半、ドイツはトルコ軍から攻撃の標的になっていました。指揮官であるホレィシオ・ジャクソン参謀長は、合理性を重んじる一方、自分の命令に逆らう部下を次々と処分するなど、矛盾をはらんだ人物だったのです。そんな中、廃墟に立つ劇場では、ヘンリー・ソルトー座による『ミュンヒハウゼン男爵の冒険』の舞台が行われていました。そこに突然、本物のバロンと名乗る老人が乱入。「今回の戦争は自分に原因がある」と主張し、その経緯を語り始めます。

『The Adventures of Baron Munchausen (1/8) Movie CLIP – Berthold Runs to Austria (1988) HD』

・『フィッシャー・キング』 1991年

本作品は、聖杯伝説の「漁夫王」と聖杯のエピソードをモチーフにした映画です。

DJのジャックは、過激なトークで人気を集めていました。しかし、ある日の発言が原因で、悲惨な事件を引き起こしてしまうのです。3年後、彼は職も名声も失い、ヒモ同然に。そんな彼は、浮浪者狩りの若者に襲われますが、浮浪者のパリーによって命を救われます。「聖杯を探す使命を神から与えられた」と語るパリーは、ジャックに助けを求めますが、それを拒否。最初こそ嫌がっていたジャックですが、徐々に心境を変化させていきます。

『The Fisher King (1/8) Movie CLIP – The Janitor of God (1991) HD』

■おわりに

テリー・ギリアムは、コメディグループ「モンティ・パイソン」の一員として活動をはじめ、その後映画監督になった人物です。モンティ・パイソン時代の影響が大きい彼の作品は、ユーモアに溢れていて、幅広い世代から人気を得ました。

彼は1968年にイギリス国籍を取得。2006年にはアメリカ国籍を放棄し、イギリス国籍になりました。そんな彼は、どのような作品を制作していくのでしょうか。今後の活躍に期待しましょう。

出典:Wikipedia Terry Gilliam (07.2021)

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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