バスター・キートン:「世界の三大喜劇王」のひとり

(Public Domain /‘Buster Keaton and Edward F. Cline’ by, Metro Pictures. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

バスター・キートンは、1895年10月4日にアメリカ合衆国カンザス州のピクアで生まれた映画監督です。
数々の喜劇作品を制作し、チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイドと共に「世界の三大喜劇王」と呼ばれました。そんな彼の人生と作品について、詳しく解説していきましょう。

■バスター・キートンとは

バスター・キートンは、1895年10月4日にアメリカ合衆国カンザス州のピクアで誕生。幼少期は、舞台芸人の両親と共に、各地を回りました。彼の初舞台は、なんと4歳の頃だと言われています。一家は、「キートン三人組」として荒っぽいギャグを売りにし、弟ハリーと妹ルイーズが生まれてからは、「キートン五人組」としても活躍しました。

※ロスコー・アーバックル

その後、イギリスなどの海外巡業を行っていたキートンは、徐々に高い評価を受けるようになります。1917年にはニューヨークへ渡り、喜劇俳優ロスコー・アーバックルの誘いを受け、映画界デビューを果たしました。1918年には、第一次世界大戦による徴兵で、一時的に映画から離れる事になりますが、身体を張りながらも無表情で一途な役柄を演じた彼は、「偉大なる無表情」というニックネームで人気を博す事となります。

彼は、1920年に『キートンのハイ・サイン』で映画監督デビューを果たしますが、作品が気に入らず、公開は見送られました。その後も、『キートンのマイホーム』や『キートンの電気館』といった作品を制作し、徐々に映画監督としても評価されるようになります。

『Buster Keaton – The High Sign – 1921 – Silent Short』

彼にとって1920年代は多作の年で、1923年までに18本もの短編映画を制作しました。その後、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)やユナイテッド・アーティスツ配給の長編作品も手がけますが、次第にMGMの映画制作スタイルに適応出来なくなります。その後、酒に溺れた彼は、MGMとの約束をキャンセルするなどの問題が重なり、解雇されてしまいました。さらに、妻との離婚をマスコミに大きく取り上げられるなど、プライベートでも問題ばかりの日々が続いたのです。

(Public Domain /‘Charles Chaplin’ by, Strauss-Peyton Studio. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
※チャールズ・チャップリン

しかし、1950年代になると、テレビやヨーロッパでの仕事が舞い込むようになります。また、映画でも1950年にビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』 に出演し、1952年には『ライムライト』でチャーリー・チャップリンと初共演を果たしました。彼は再び評価を受け、過去のフィルムもリバイバル上映されるようになります。

そして、1957年には伝記映画の『バスター・キートン物語』が公開しました。さらに、晩年の出演作『ローマで起こった奇妙な出来事』では、エンドクレジットで別格扱いされるなど、映画界の巨匠として高い評価を受けています。

■バスター・キートンの作品

キートンの作品は、体を張ったアクションとギャグが特徴です。これは、幼い頃の舞台経験が影響していると考えられ、家族との巡業で培った演技経験が彼を成長させたのではないでしょうか。

そんな彼の作品について、主要な物をご紹介しましょう。

・『キートンの結婚狂』 1929年

キートンは主演のエルマーを演じ、エドワード・セジウィックが監督を務めました。

エルマーは仕立屋に雇われて服をプレスする仕事をしていましたが、花形女優トリルビーが演じる「カロライナ」を見てから彼女を好きになり、何とか近寄る事が出来ないか考えるようになります。エルマーは、客から預かっている服を着込んで大金持ちを装い、楽屋口の付近を彷徨きました。何とかトリルビーと会うチャンスを探っていたその時、劇団の端役が行方不明になったため、エルマーが代役を演じる事になります。その代役は、トリルビーに媚びて口づけをする役でしたが、エルマーは間抜けな事に芝居をぶち壊してしまいました。

一方のトリルビーは、同じ劇団の花形俳優ライオネルと恋仲にありましたが、ライオネルは金髪美女のエシルと浮気していたのです。それに怒ったトリルビーは、悔しさからエルマーと結婚します。しかし、エルマーが大金持ちでない事が判明すると、トリルビーは離婚を申し出ました。

『Buster Keaton – Spite Marriage (1929)』

・『キートンの探偵学入門』 1924年

本作品は、「文化的・歴史的・美学的に重要」という理由で、アメリカ議会図書館によってアメリカ国立フィルム登録簿に保存されました。また、アメリカ喜劇映画ベスト100の62位に選出された事からも、極めて重要な作品であると言えるでしょう。

映写技師として働いているバスターは、憧れの女性のために1ドルで買った指輪を4ドルしたと見栄を張ってプレゼントしますが、色男も同じ女性に恋心を抱いていたのです。しかし、色男は女性の父親から盗んだ時計を質に入れ、高価な物をプレゼントします。

時計がない事に気付いた父親は騒ぎ出し、バスターが探偵役を買って出ました。しかし、色男は4ドルの質札をバスターのポケットに入れてしまいます。それが見つかった事で犯人扱いされたバスターは、女性に無実を主張するものの、信じてもらえませんでした。その後、バスターは映写技師の仕事に戻ります。

仕事中に居眠りしてしまったバスターは、夢の中で探偵シャーロック・ジュニアになり、事件解決に乗り出しました。しかし、事件は解決したと思いきや、すべて夢だった事にショックを受けます。そんなバスターの元に、あの女性が訪れます。女性は4ドルの質札から色男が真犯人だという事を突き止めたと言うのです。そして、映画の中で主人公とヒロインがキスしているのを見ながら、バスターは女性にキスをしました。

『SHERLOCK JR (1924) – Trailer』

・『ローマで起こった奇妙な出来事』 1966年

本作品は、ゲート・シーブラブとラリー・ゲルバートの共同原作を映画化したミュージカルコメディです。

物語の舞台は、古代ローマ。嘘つきで最低の奴隷と言われているプセウドラスは、身の自由を欲していました。ある日、プセウドラスは貴族セネクスの息子ヒーローが隣家のフィリアに恋心を抱いている事を知り、ヒーローと共に隣家に乗り込みます。しかし、隣家は娼館であり、フィリアはローマの荒武者隊長マイルズへ売られる事になっていたのです。

本作品のキーパーソンであるエロニアス老人を演じたキートンは、エンディングのクレジットで別格扱いされています。

『A Funny Thing Happened on the Way to the Forum (1966) – Comedy Tonight Scene (1/10) | Movieclips』

■おわりに

バスター・キートンは、「世界の三大喜劇王」と呼ばれた人物です。MGMとの関係悪化によって作品制作に携われない時期もありましたが、再び評価を受け、1957年には伝記映画も公開しました。

彼が手がける作品の面白さは、幼い頃に培った演劇の経験、そして天性のユーモアから来ていると言えるでしょう。そんな彼の作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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