ヤン・クーネン:『ドーベルマン』を制作した映画監督

ヤン・クーネンは1964年5月2日オランダのユトレヒトに生まれた映画監督です。『ドーベルマン』を制作したことで知られており、主にフランスを制作の拠点としています。そんなヤン・クーネンの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ヤン・クーネンとは

ヤン・クーネンは1964年5月2日オランダのユトレヒトに生まれました。フランスの国立高等装飾美術学校で学んだ後、短編映画を制作しました。その後、ミュージックビデオやドキュメンタリー作品なども手掛け、1989年には短編映画『Gisèle Kérosène』でアヴォリアズ映画祭グランプリを受賞。徐々に映画監督として知られていくようになっていきました。

1990年代初頭には広告業界で働き、1996年には初の長編映画『ドーベルマン』を制作しますが、2000年代にはメキシコやペルーを旅行したことをきっかけにシャーマン文化に傾倒するようになり、2005年にはシャーマニズムについてのドキュメンタリー『Other Worlds』を制作しています。

2009年にはフランスのファッションデザイナーであるココ・シャネルとロシアの作曲家ストラヴィンスキーについての伝記映画『シャネル&ストラヴィンスキー』を発表。その後も意欲的に作品制作に取り組んでいます。

■ヤン・クーネンの作品

ヤン・クーネンの特長は映画にとどまらず、ミュージックビデオやドキュメンタリー作品などさまざまな映像作品に取り組んでいることであり、またその所々にシャーマニズムの影響が見られる点が挙げられるでしょう。

そんなヤン・クーネンの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『ドーベルマン』 1997年

本作品は悪のヒーローと捕まえるためならどんな手でも使う警視のバトルを描いています。ミュージックビデオを制作していたクーネンらしく、過激な映像と音楽を取り入れたことで話題になりました。クエンティン・タランティーノの影響で作られたというバイオレンス・アクション作品です。

舞台はパリ。「ドーベルマン」ことヤンが率いる犯罪グループは次々と銀行強盗を成功させていました。追い詰められた警察は、犯人逮捕のためならば手段を選ばない冷酷非情な刑事クリスティーニに捜査を一任することになります。

・『シャネル&ストラヴィンスキー』 2009年

クリス・グリーンハルジェの同名小説を映画化した本作品は第62回カンヌ国際映画祭クロージング作品となったことでも話題になりました。

舞台は1913年のパリ。ストラヴィンスキーの新作である『春の祭典』が初演を迎えるものの、その音楽はあまりに斬新なものであり、激しいブーイングを巻き起こしてしまいます。しかしデザイナーとして成功していたシャネルはその才能にほれ込み、自分の別荘にストラヴィンスキーとその家族を滞在させることになります。

参照: シャネル&ストラヴィンスキー – Wikipedia アクセス日:2021年7月1日

・『コウノトリの道 心臓を運ぶ鳥』 2013年

『コウノトリの道 心臓を運ぶ鳥』は、フランスの人気作家であるジャン=クリストフ・グランジェの長編デビュー作を実写映画化したサスペンススリラー作品です。

鳥類学者の助手として働いている青年ジョナサンは、ある日鳥類学者が亡くなっているのを発見。検視の結果、手術記録のない心臓移植を受けていたことが発覚します。ジョナサンは鳥類学者の意志を引き継ぎ、調査の旅に出るものの、行く先々で不可解な殺人事件に遭遇してしまいます。

■おわりに

ヤン・クーネンは1964年にオランダ、ユトレヒトに生まれた映画監督で、映画やアニメーションを専攻したのち、ミュージックビデオや短編映画を発表。初長編映画監督作品となる『ドーベルマン』を1997年に発表すると大きな話題となりました。

その一方でメキシコやチリに赴いた際に学んだシャーマニズムに傾倒しており、映画『ブルーベリー』にはその影響が色濃くみられます。そうした作品は批評家からはあまり良い批評を得ることはなかったものの、『シャネル&ストラビンスキー』といったまったく異なるジャンルの映画に取り組む姿勢も見せており、今後が期待される映画監督のひとりといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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