ラリー・コーエン:低予算ながらユニークなホラー映画を制作する映画監督

ラリー・コーエンは1941年7月15日にアメリカ合衆国ニューヨークに生まれた映画監督兼脚本家です。『悪魔の赤ちゃん』といったホラー映画作品で知られており、そのどれもが低予算で制作されたことで有名です。そんなラリー・コーエンの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ラリー・コーエンとは

ラリー・コーエンは1941年7月15日アメリカ合衆国ニューヨークに生まれました。ニューヨーク市立大学シティカレッジで映画を専攻。テレビにおける映像制作に携わり、カルト・ドラマの古典として名高い『荒野の流れ者』や『インベーダー』などの脚本を手掛けました。1972年には初の長編映画となる『Bone』を制作し、1974年赤ん坊が人間を襲うホラー映画『悪魔の赤ちゃん』で注目を浴びることとなります。

また1976年に制作した『ディーモン 悪魔の受精卵』ではSF、ホラーに加え宗教的な風刺が混ざり合い、非常に難解な映画として話題になりました。

そうしてホラー映画を中心に数多くの作品を制作していたコーエンでしたが、2019年3月23日にはロサンゼルスで死去。77歳の生涯を閉じることになります。

参照: ラリー・コーエン – Wikipedia アクセス日:2021年7月5日

■ラリー・コーエンの作品

ラリー・コーエンの作品の特長は時間や予算の制約の中でも作品を仕上げている点であり、撮影や編集は雑と指摘されることも多いものの、自由奔放なアプローチにより非常にユニークな作品に仕上がっています。また大手スタジオから距離を置いていることもあり、風刺的な要素も存分に取り入れられています。

そんなコーエンが手がけた作品はどのようなものがあるのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『ブルーライト作戦』 1966年

本作品は1966年に制作され、コーエンは脚本を担当しました。

舞台は第二次世界大戦末期のドイツ。ブルーライトと呼ばれた連合国軍側のスパイであるデヴィッド・マーチはドイツ情報部に潜り込み重要な役職に就くことに成功。極秘とされているミサイルの地下基地を突き止める任務に就くことになります。基地を破壊するためマーチはフランス軍の女スパイ・スザンヌの協力を得て、連合国が放ったイギリスの裏切りスパイの処刑を提案します。ますますドイツ首脳部から信用されるようになったマークはスザンヌとともに基地に案内されることとなり、ミサイル専門の主任グレッチェンに引き合わせられることとなります。しかし地下室の爆破には科学者の助けが必要であったため、入獄中の科学者を救出。その任務に就かせようとするものの、援助者となるはずのエハルト博士が裏切りをほのめかし、事態は暗転していきます。

・『悪魔の赤ちゃん』 1974年

本作品は1974年に制作されました。

ロサンゼルスに住むフランクとレノールは平凡な夫婦であり、2人目の子どもの臨月を迎えていました。レノールの陣痛が始まり病院に運び込まれたものの、そこで生まれたのは悪魔の申し子ともいえるような奇怪な姿の生命体でした。しかもその赤ちゃんは医師や看護師たちを殺害し、分娩室から姿を消してしまいます。

ロサンゼルス警察では非常警戒包囲網を行い、犯人を捕まえるべく躍起になっていました。しかし獣の爪のようなもので身体を引き裂かれるという惨殺事件が次々と起こったことにより、ロサンゼルスは恐怖のどん底に叩き落されることになります。

一方フランクはレノールの身を案じて長期休暇届けを出していたものの、レノールは徐々に回復の様子を見せていました。しかしその晩冷蔵庫を開けると夕方までいっぱいに入っていたはずの食べ物がなくなっていました。レノールを問い詰めると、赤ちゃんが戻ってきたことを白状し、殺すことだけはやめてくれと懇願します。

・『セルラー』 2004年

本作品は2004年に制作され、コーエンが原案となります。偶然つながった見知らぬ誰かの携帯電話が命綱となった女性の恐怖の一日を描いたスリラー作品です。

高校の科学教師のジェシカ・マーティンは愛する夫と息子リッキーとともに幸せな暮らしを送っていました。しかしジェシカがリッキーを学校に送って帰宅したところに、突然見知らぬ男たちが侵入。男たちはジェシカを車で連れ去ると、どこかの屋根裏に監禁し、納屋にあった電話をハンマーで打ち砕くとどこかへ行ってしまいます。男たちの顔を見たためいずれ殺されると思ったジェシカは粉々になった電話のワイヤーを繋げてどうにか電話をかけることに成功します。

電話に出たのはライアンという若者で、最初はいたずらだと思って取り合わなかったものの、そのあまりに切羽詰まった声に警察へ携帯を持っていくことにします。その携帯電話をめぐってライアンはロサンゼルス中を走り回ることになります。

・『殺しのイリュージョン』 1987年

本作品は1987年に制作され、コーエンは監督と脚本を担当しました。殺人の汚名を着せられた私立探偵が無実を証明するために奮闘する姿を描いています。

舞台はニューヨーク。ライセンスなしで探偵業を営むハンバーガーは、大胆にかつ自由にニューヨークを駆け巡っていました。

ある日、「妻を殺してくれ」という依頼を受けたハンバーガー。依頼主の男を騙し、妻を逃がして手付金を手に入れたものの、その翌日、逃したはずのバートン夫人が死体で発見されてしまいます。しかしバートン夫人の死体は、ハンバーガーが逃した人物とは全くの別人でした。罠にはめられたと気づくハンバーガーは、自らの身の潔白を証明するべく、調査にあたることになります。

■おわりに

ラリー・コーエンは1941年にアメリカ合衆国ニューヨークに生まれた映画監督で、ホラー映画・スリラー映画で有名になった人物です。低予算ながらユニークな作品を制作したことで知られており、大手スタジオから距離をとったため社会的風刺も織り込んだ作品はカルト的な人気を誇りました。惜しくも2019年に亡くなったコーエンですが、ぜひ関心のある方はコーエン作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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