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ノーベル生理学・医学賞 2010年 ロバート・G・エドワーズ:不妊に悩む人々が子供に恵まれる新たな可能性を切り開いた研究者

ロバート・G・エドワーズはイギリス出身の生物学者です。2010年に体外受精技術を開発した功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼は1950年代から不妊治療法の開発を始め「体外受精(IVF)のパイオニア」と呼ばれています。そんなロバート・G・エドワーズの受賞までの道のりについて詳しく解説していきます。

◆彼の生年月日と生まれた町について

ロバート・G・エドワーズは1925年9月27日にイングランドのウェストヨークシャー州にあるリーズで生まれました。

リーズはイングランド北部の商業都市でロンドンから鉄道で約2時間半のところに位置しており、イングランドでは3番目の規模の都市です。また中心地から車で30分程度離れた地域には羊の群れのいる牧草地が広がっています。

◆幼少期や学生時代

エドワーズはマンチェスター中心部にあるマンチェスター・セントラル・ハイスクールを卒業後イギリス陸軍へ入隊します。そしてヨルダンやエジプトなどで従軍し4年で除隊すると彼は再び学問の道へ進むことを決意し、バンガーにあるノース・ウェールズ大学に進学します。生物学を学び学士号を取得した後大学を卒業しますが、積学のためにエジンバラ大学生物学部に入り、付属の動物遺伝学研究所で研究を重ね1955年に博士号を取得しました。

◆受賞に至るまでの逸話など

エドワーズはエジンバラ大学を卒業後1957年にカリフォルニア工科大学の博士研究員となり、ミル・ヒルにある国立医学研究所に勤務し始めます。その後、スコットランドのグラスゴー大学へ移りフォード財団の調査員やケンブリッジ大学チャーチルカレッジのスタッフを兼任し、1969年からは生理学部のリーダーとして活躍しました。

研究面では不妊治療専門医として知られていますが、エドワーズが最初に体外受精法を思い付いたのは1950年代のことで、他の研究者が行っていた「試験管内でウサギの卵子を精子と受精させる実験」からヒントを得たとされています。そして人間の不妊治療にも応用できるのではないかと考えた彼は1960年頃から実験を始め、ヒトの「受精」に関する基礎研究を行っていきました。

「ヒトの卵細胞が成熟するまでの過程」
「各種ホルモンは卵細胞の成熟度にどのような影響を与えるのか」
「受精可能な卵子となるタイミングはいつなのか」

これらの疑問点を一つずつ丁寧に研究し「受精」のメカニズムを紐解いていきました。1968年にエドワーズは世界で初めて試験管内でヒト卵子を受精させることに成功しますが、受精卵は1度細胞分裂するものの成長はなく検証し直す必要がありました。彼は受精卵が成長しなかった原因について「体外受精のために取り出す卵子は卵巣内で成熟させることが重要である」と仮定し、さらなる研究のために産婦人科外科医のパトリック・ステプトーに協力を仰ぎました。

エドワーズとステプトーの共同研究ではエドワーズが体外受精の技術や初期胚を培養するための培養基の開発を行い、ステプトーは腹腔鏡検査法で卵巣から成熟した卵子を採取することに成功しました。腹腔鏡検査法はステプトーが開発した検査方法で卵巣内の卵子を検査することが可能です。

共同研究者のステプトーが加わったことでエドワーズの研究は大きく前進しますが、それに比例して世間では生命倫理や宗教の観点から反対論が沸き上がり、イギリス政府の医学研究評議会(MRC)は体外受精プロジェクトへの資金提供停止を決定します。

しかし、民間や個人からの寄付が集まったためエドワーズとステプトーのチームは研究を続行することが可能となり、1978年7月25日23時47分に世界初の体外受精児である女児(ルイーズ・ブラウン)がオールダム総合病院で誕生しました。両親であるブラウン夫妻はルイーズが誕生するまで9年に渡り不妊治療を続けており、不妊に悩む人々の大きな希望となったのです。

世界初の体外受精児となったルイーズは2004年に結婚し自然妊娠で2006年に男児を出産しています。この事実によりそれまで根強かった「体外受精児は将来子どもを産めないのではないか」という懸念は払拭され体外受精の安全性が確認されました。

そして2010年にエドワーズは体外受精技術の開発によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。世界初の体外受精の成功から32年経ってからの受賞となりましたが、共同研究者であるステプトーは1988年に亡くなっています。

エドワーズとステプトーが考案した体外受精はさまざまな研究者によって発展し、顕微授精(ICSI)や着床前診断(PGD)などが開発されるきっかけとなりました。また2人は1980年にケンブリッジシャーの「ボーンホールクリニック」を設立しており世界的に有名な不妊治療施設となっています。

◆終わりに

ロバート・G・エドワーズは体外受精を開発した生物学者です。世界初の体外受精が行われた1978年から彼がノーベル賞を受賞した2010年までの期間で約400万人が体外受精により誕生しました。当初は非難を浴びた研究でしたが、新しい家族の形を生み出した研究者といえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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