シドニー・ブレナー:線虫を用いたアポトーシス研究の第一人者

シドニー・ブレナーは南アフリカ出身の生物学者で、線虫を用いたアポトーシス研究により2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。多細胞生物におけるゲノミクスの先駆けとなった彼は、20世紀の主要な生物学者の1人です。そんなシドニー・ブレナーの受賞までの道のりについて解説していきます。

◆シドニー・ブレナーの生まれた町

シドニー・ブレナーは、1927年1月13日に南アフリカ共和国のハウテン州ジャーミンストンで生まれました。

ハウテン州は南アフリカ連邦の首都ヨハネスブルクが属している州で「ハウテン」とは「金がある場所」という意味です。ヨハネスブルグに金鉱が発見されてからそう呼ばれるようになり、南アフリカ最大の都市であるハウテン州の経済は、金とダイヤモンドの発掘によって成長してきました。

ブレナーの生まれたハウテン州ジャーミンストンは、ゴールドラッシュの初期の時代にジョン・ジャックとヴァーシャのオーガスト・シマーという2人の探検家が、エランズ・フォンテーン農場で大金を掘り当てたことから始まりました。

そして1921年にはランド精錬所という世界最大の金精錬所が設立され、西洋諸国の金の70%がこの精錬所から流通するようになりました。しかしジャーミンストンでの金の採掘は次第に下火になり、20世紀末には採掘の中心地ではなくなりましたが、ランド精錬所は相変わらず活発に稼働し続けています。

◆幼少期、学生時代

ブレナーはユダヤ移民の両親のもとに生まれました。幼い頃から利発であり、15歳でヨハネスブルグにあるウィットウォーターズランド大学に入学します。この頃に、叔父に顕微鏡をプレゼントされたことがきっかけで科学に興味を持ち始めました。そして学部を医学部に変更してから2年目の頃、解剖生理学の授業を受け自身が細胞とその機能の研究にのめり込むようになります。

しかしブレナーは6年間の大学の課程を終えてもまだ、医学を実践するには若すぎると判断され学士号を取得することができませんでした。そのため、それから2年間は細胞生物学を学ぶことに費やしました。

そして奨学金を得て、オックスフォード大学の物理化学学科へ進学します。そして1953年に彼は、同じ大学の大学院生だったジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックと共にDNAの二重らせんモデルを最初に発見した一人となりました。そしてこの分野に魅了された彼は、遺伝子の理解に生涯を捧げることを決意します。

◆受賞に至るまで

1954年にブレナーは博士号を取得し、ニューヨーク州のコールド・スプリング・ハーバー研究所で再びワトソンとクリックと研究をすることになります。そして彼の研究への情熱に感銘を受けたクリックは、若い南アフリカ人をケンブリッジ大学に集め、細菌とバクテリオファージのみを用いて遺伝子機能の重要な要素の多くを解読する研究を行いました。

ブレナーは1950年代半ばに、遺伝暗号が「重複しない」ことを証明します。各ヌクレオチドは1つのトリプレットの一部であり(3つのヌクレオチドがタンパク質の各アミノ酸を指定する)、彼らは連続する「トリプレットコドン」が順番に読み取られるということを確認しました。またこの頃ブレナーは、フランソワ・ヤコブとマシュー・メセルソンとともにメッセンジャーRNAの存在を証明します。そしてそれからは、クリックとともにDNA配列にコードされるタンパク質の合成がどのように終了するかを示すことに尽力しました。

1960年代半ば、ブレナーが生物学全体に注目し始めたことをきっかけに彼らとの共同研究は終了します。そして彼はついに、線虫を実験材料に用いた研究を始めたのです。ケンブリッジの分子生物学研究所(LMB)の研究室で小さな線虫を飼い始めたことが、彼のノーベル賞の受賞の第一歩となりました。

生物は生命の初期段階で細胞の数を急速に増加させて成長し、新しい細胞を一生形成し続けますが、存在する細胞の数は保たれ続けます。この過程は遺伝子によって制御されていて、プログラム細胞死(アポトーシス)と呼ばれています。そしてこの現象を理解する上での基礎となったのが、1970年代半ばにブレナーによって行われた線虫の1種「シー・エレガンス(カエノラブディティス・エレガンス)」の発生に関する研究でした。彼の研究により、遺伝子解析を細胞分裂や器官形成に結びつけることが可能になったのです。

体長1ミリメートルほどの大きさで透明な体をしているシー・エレガンス。この虫の体の構造は単純ながらも一通りの多細胞体制を持っていて、飼育も容易で生活環も短いため、遺伝学の研究には最適な生き物でした。ブレナーはこの線虫を用いてゲノムプロジェクトを立ち上げ、多細胞生物におけるゲノミクス(ゲノムと遺伝子について研究する生命科学の一分野)研究の先駆けとなりました。またその後彼は、トラフグのゲノム解読も手がけています。フグは人間とほぼ同じだけの遺伝子を持っていますが、人間ほど多くの「遺伝子砂漠」を持っていません。

レナーは線虫を用いたアポトーシス研究により、ロバート・ホロビッツとジョン・エドワード・サルストンとともに2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

◆おわりに

線虫を使ったアポトーシス研究の第一人者として知られるブレナーですが、彼の所属する研究所からは5人ものノーベル賞受賞者を輩出し、後進の世代にも優秀な科学者が多数在籍しています。そして、今や線虫の働きを理解するためにキャリアを捧げた人は、数千人にのぼるといわれます。そんなシドニー・ブレナーは、2019年に92歳で亡くなりました。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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