本庶佑:新しいがん治療薬の開発につながる『免疫チェックポイント阻害因子』を発見した日本人医学者

本庶佑は日本の医学者です。『免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用』で2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。クラススイッチ組換えと体細胞突然変異がもたらす抗体製造メカニズムを解明し、世界で最初に「活性化誘導シチジンデアミナーゼ」を発見した人物としても知られています。そんな本庶佑の受賞までの道のりについて詳しく解説していきます。

◆幼少期、学生時代

本庶佑は1942年1月27日に日本の京都府京都市で生まれました。1966年に京都大学医学部医学科を卒業し、京都大学医学部附属病院にてインターンに従事したあと京都大学大学院医学研究科生理系専攻に進学します。博士課程では医学者の早石修とともに研究を続け、生物学者で文化勲章を受章した西塚泰美からも指導を受けました。その後、1971年に京都大学大学院の医学研究科を修了し、1975年に京都大学より医学博士号を取得しました。医学部在学中にフルートを演奏していた本庶は、演奏会を取り仕切る責任者も務めていたといいます。

◆受賞に至るまでの逸話など

京都大学大学院学研究科博士課程を終えた本庶は、カーネギー研究所や国立小児保健発達研究所の分子遺伝学研究室など、アメリカ研究機関の客員として活動します。1978年には抗体の重鎖遺伝子が部分的に欠損し、違うクラスの抗体遺伝子を作り出す『クラススイッチ組換え(CSR)』モデルについて唱えました。生体防衛として働く抗体は、骨髄に由来するB細胞で作られます。このB細胞の発生過程で抗体遺伝子は可変部領域の遺伝子断片組換えを受け、様々な抗原に結合する多様性を身に付けるのです。その後B細胞が活性化すると可変部領域に体細胞超突然変異(SHM)が起こり、抗原結合の親和性が増すとともにクラス(IgM、IgG、IgE、IgAなど)と呼ばれる定常領域を持つようになると異なる生物活性を発揮する抗体が産生されます。これがクラススイッチと呼ばれるものです。抗体が産生されるメカニズムやSHMのメカニズムは長らく謎に包まれたままでしたが、本庶が1999年に活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)を発見し、その後の研究でそれがCSRだけでなくSHMにも必須の酵素であることを分かりました。これにより免疫の基本原理の一つである抗体の機能性獲得メカニズムが解明され国際的に高い評価を受けました。
彼は研究を続けていくなかでクラススイッチ組換え(CSR)を誘導するIL-4や、発生に重要な転写因子RBP-J kappa、造血幹細胞維持に重要なSDF-1など、免疫に関する重要な分子を多く発見しました。その一つとなったのがPD-1(Programmed Death-1)というタンパク質です。PD-1は欠損により自己免疫疾患が引き起こされることや、リガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)であるPD-L1との結合によりT細胞の活性化が抑制されることから、免疫反応の負の調節因子(免疫チェックポイント)であることが判明しました。さらに本庶は、抗PD-L1抗体を担がんマウスに投与して、PD-1とPD-L1の結合を阻害する実験を開始。するとマウスの抗がん活性が著しく増強することが分かり、PD-1シグナルの遮断ががんの免疫治療として有効であると世界で初めて発表したのです。これらの功績が認められ、本庶は2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞。彼の研究をもとに作られた抗体薬はメラノーマ(悪性黒色腫)や肺がんの治療ですでに使用されており、今後もさまざまながんに活用できると期待が高まっています。彼はノーベル賞以外にもウィリアム・コーリー賞、慶應医学賞、ウォーレン・アルパート財団賞、京都府特別栄誉賞なども受賞しています。

◆おわりに

『免疫チェックポイント阻害因子』の発見でがん治療の発展に貢献した本庶佑。彼の研究をもとに開発された新薬「オプジーボ」は副作用が少なく、がんの治療に革命をもたらすと脚光を浴びています。本庶が新しい道を切り開きいままでになかった治療法や薬が開発されたことで、がんと闘う人々が大きく勇気づけられているのです。

出典:(Wikipedia、本庶佑)(7,2021)

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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