エドワード・ズウィック:『恋におちたシェイクスピア』や『グローリー』を制作した映画監督

エドワード・ズウィックは1952年10月8日にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴに生まれた映画監督です。ハーバード大学を卒業したのち、1986年に『きのうの夜は…』で長編映画監督としてデビューし、『恋におちたシェイクスピア』や『アイ・アム・サム』といった作品の制作に携わったことで話題になりました。そんなエドワード・ズウィックの人生と作品について詳しく解説していきます。

■エドワード・ズウィックとは

エドワード・ズウィックは1952年10月8日アメリカ合衆国イリノイ州のシカゴに生まれました。ニュー・トリアー高校を卒業後ハーバード大学に進学。その後AFI音楽院で修士号を取得しました。

1986年には『きのうの夜は…』で長編映画監督としてデビューし、マーシャル・ハースコビッツとともに映画・テレビ制作会社「ベッドフォード・フォールズ・カンパニー」を設立。『恋に落ちたシェイクスピア』や『ラスト・サムライ』など話題作を制作し続けています。

■エドワード・ズウィックの作品

エドワード・ズウィックの作品の特長はいろいろな登場人物の視点から物語を語るという展開を取り入れているところでしょう。特に『ラスト・サムライ』ではそうしたズウィックの手法が活かされており、物語をより奥深いものにしています。

そんなズウィックの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『きのうの夜は…』 1986年

※画像はイメージです

本作品は1986年に制作された作品で、デヴィッド・マメットの『シカゴの性倒錯』という戯曲を映画化した作品です。

シカゴの食器会社に勤務しているダニーは24歳の営業マンで、同僚のバーニーとはいつも昨夜の恋の生家を語り合っていました。ふたりともプレイボーイなものの、ダニーは不器用なところがあり小出自由を束縛されたくないと考えていました。そんなダニーが草野球の最中に目を奪われたのがデビ―で、勤務先の上司との不倫関係にうんざりしていたデビ―はダニーの積極的な誘いに乗ってその日のうちにデートすることになります。

意気投合したふたりは結婚を意識しない共同生活をはじめたものの、デビ―の親友で幼稚園の先生をしているジェーンはそんなふたりに懐疑的でした。ジェーンの心配は的中し、早速スペースの共有の問題や仕事の問題などで不満が生じるようになってきます。結局はカップルになることを望んだデビ―によって同棲生活になるものの、ダニーは会社の方針に腹を立てて上司と大喧嘩し求職状態に追い込まれたことで、デビ―との共同生活にも支障をきたすことになります。

・『恋に落ちたシェイクスピア』 1998年

※画像はイメージです

本作品は1998年に制作された作品で、『ロミオとジュリエット』の初演を背景として若かりしウィリアム・シェイクスピアを描いた作品です。同作は第71回アカデミー作品賞、第56回ゴールデン・グローブ賞コメディ・ミュージカル部門作品賞などを受賞したことで話題になりました。

ペストが蔓延し劇場の閉鎖が相次ぐロンドンでは、長いスランプから脱したウィリアム・シェイクスピアが『ロミオとジュリエット』の準備を行っていました。一方芝居好きの資産家の娘ヴァイオラが貴族との縁戚を望む両親のために貧乏貴族ウェセックス卿と望まぬ結婚をすることになっていました。

当時の演劇では女性が舞台に立つことはできず、女装した編世紀前の男性俳優が女性を演じていました。演じることを夢見るヴァイオラは男装してトマス・ケントと名乗り、劇団に潜り込んでその抜群の演技力でロミオの役を得ます。ヴァイオラの男装はシェイクスピアにばれてしまったものの、シェイクスピアはこれを黙認。実はシェイクスピアは以前からヴァイオラに恋をしており、既婚者のシェイクスピアは決して結婚できない間柄と知りつつ、忍んで会う間柄になっていきます。

出典:Wikipedia恋におちたシェイクスピア

・『アイ・アム・サム』 2001年

※画像はイメージです

本作品は2001年に制作された作品で、知的障害を持つ男性と幼い娘との愛を描いた作品です。父親役を演じたショーン・ペンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、娘役のダコタ・ファニングは放送映画批評家協会賞、ゴールデン・サテライト賞、ラスベガス映画批評家協会賞などを受賞しました。

スターバックスで働くサムは知的障害により7歳児と同等の知能しか持ち合わせていませんでした。しかしそんな彼に娘が生まれ、ルーシー・ダイアモンドと名付けられることになります。母親は出産直後から姿をくらませてしまったものの、2人は幸せな生活を送っていました。ルーシーは徐々に父親さむの知能を越えて成長し、周囲はサムは今後のルーシーを育てる養育能力がないと判断し、ルーシーは施設で保護されることになってしまいます。

サムはルーシーとまた一緒に暮らすため、法廷で争うためにエリート弁護士のリタに依頼するものの、障碍者の友人たちは裁判で普通の証言ができず、結局サムには条件付きの親権しか認められることはありませんでした。里親はルーシーを大切に育てるものの、ルーシーのためにすべてをささげているサムはルーシーの一番の理解者であり、父娘の絆はずっと続いていくのでした。

出典:Wikipediaアイ・アム・サム

・『ブラッド・ダイヤモンド』 2006年

※画像はイメージです

本作品は2006年に制作された作品で、「ブラッド・ダイヤモンド」すなわち紛争の資金調達のために不法に取引される紛争ダイヤをめぐるサスペンスを描いた作品です。第77回ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の第3位に選ばれ、第79回アカデミー賞では主演男優賞、助演男優賞をはじめ5部門にノミネートされました。

舞台は内戦が続く西アフリカのシエラレオネ。反政府武装組織の革命統一戦線「RUF」に襲われた両氏のソロモンは家族を逃がしたものの、自身はRUFに捕まってしまいます。ソロモンは武器調達の資金源となるダイヤモンド採掘場で強制労働させられることになります。ソロモンは採掘場で大粒のピンクダイヤモンドを発見し隠そうとするも、RUFのポイズン大尉に見つかってしまいます。しかしその時ちょうど政府軍による攻撃が始まり、ポイズン大尉が爆発で顔を負傷。そのすきにソロモンnはピンクダイヤモンドを採掘場近くに埋めて隠すことに成功します。

ソロモンとポイズン大尉は政府軍に捕まり留置場に連行されますが、出所後どうにかピンクダイヤモンドを取り戻そうとしており、そこにローデシア出身の元白人傭兵アーチャーや紛争ダイヤの密輸の実態を追うジャーナリスト・マディーが加わり、大騒動に発展していきます。

出典:Wikipediaブラッド・ダイヤモンド

■おわりに

エドワード・ズウィックはアメリカ合衆国イリノイ州シカゴに生まれた映画監督であり、『恋に落ちたシェイクスピア』や『アイ・アム・サム』、『ラスト・サムライ』といった話題作を制作したことで知られる人物です。毎回独特なテーマで話題をさらっているズウィックですが、今後どのような作品を届けてくれるのでしょうか。今後が期待されます。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧