ジュリアン・デュヴィヴィエ:『にんじん』『アンナ・カレーニナ』を制作した映画監督

(Public Domain/‘Lo scrittore Giovannino Guareschi con il regista Julien Duvivier durante le riprese del film “Don Camillo”’ by Unknown author. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

※ジュリアンは写真右

ジュリアン・デュヴィヴィエは1896年10月3日にフランス共和国ノール県リールに生まれた映画監督です。パリで舞台俳優として活躍していたものの、1919年には映画監督としてデビュー。『にんじん』や『アンナ・カレーニナ』といった映画史に残る作品を制作しました。そんなジュリアン・デュヴィヴィエの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジュリアン・デュヴィヴィエとは

※フランス共和国ノール県、リール

ジュリアン・デュヴィヴィエは1986年10月3日フランス共和国ノール県、リールに生まれました。当初はパリで舞台俳優として活躍していたものの制作側に回るようになり、1919年には映画監督としてデビュー。当初こそヒット作に恵まれなかったものの、1930年代からは数多くの名作を制作し、古典フランス映画を代表する名監督に数えられるようになりました。

第二次世界大戦中はアメリカに亡命していたものの、ハリウッドの雰囲気に親しむことができなかったデュヴィヴィエは戦後再びフランスに帰国。その後はフランスを拠点にして制作活動を続けました。そうして旺盛な制作意欲のもと制作活動に励んでいたデュヴィヴィエであったものの、1967年10月30日にはパリ市内で車を運転中に心臓発作を起こし、昏倒。そのはずみで街路樹に激突する事故を起こし、71歳の生涯を閉じることになります。

■ジュリアン・デュヴィヴィエの作品

※画像はイメージです

ジュリアン・デュヴィヴィエはジャック・フェデー、ジャン・ルノワール、ルネ・クレール、マルセル・カルネと並んで古典フランス映画監督の一人と称されており、デュヴィヴィエの作品もまた古典フランス映画を代表する作品とされています。

そんなジュリアン・デュヴィヴィエの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『ゴルダ―』 1930年

本作品は1930年に制作された作品で、ジュリアン・デュヴィヴィエの初トーキー作品にあたります。イレーヌ・ネミロフスキーの小説をデュヴィヴィエが脚色したのち映画化した作品で、評判の小説であったことから大変な話題となりました。

ダヴィッド・ゴルデルは今でこそ名の知れた実業家であるものの、その昔はポーランドのクレメネツで暮らす貧しいユダヤ人にすぎませんでした。ゴルデルは故郷を出てから数十年ひたすら働く日々を過ごしていたものの、同じユダヤ人の実業家マルキュスが自殺したことに大きなショックを受けてしまいます。実はゴルデルもまた長年の労働のため身体を弱らせており、実は心臓を悪くしていたのでした。

・『カイロの戦慄』 1931年

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本作品は1931年に制作された作品で、アンドル・ルウズの小説を映画化した作品です。

伯父の遺産を相続して百万丁じゃとなったペーターゼンは世界一周旅行の旅に出発。そんな中立ち寄ったモンテカルロで、ペーターハウゼンは美しい女性カルミラと知り合います。その後訪れたモロッコではカルミラと彼女の叔父マル―ベル、ミッドロック、ストローベルと5人だったものの、ミッドロックの友人ローソンとウッドランドとも知り合い、旅は大所帯になっていきます。

そしてカルミラとマル―ベルを除く5人は原住民街を見物に訪れたものの、魔法使いの娘の覆面を取ろうとしたミッドロックは担当で切りかかられてしまいます。なんとか魔法使いを投げ倒して事なきを得たものの、魔法使いは5人が満月の夜に死ぬという呪いの言葉をかけてしまいます。

最初こそ馬鹿にしていた5人だったものの、その夜ミッドロックが泥酔し海に落ちて行方不明になったことで状況は一変。またウッドランドはベルリンで飛行中墜落死、そしてローソンは城で非業の最期を遂げているのが発見されます。

・『にんじん』 1932年

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本作品は1932年に制作された作品で、ジュール・ルナールの小説と戯曲に基づいて制作された作品です。

主人公の「にんじん」は家庭とは同じ屋根の下にわかりあえない人間が無理やり集まっている場所であると考えていました。「にんじん」とはもちろん主人公の男の子の名前ではなく、フランソワという名前であったものの、真っ赤でぱさぱさの髪の毛とそばかすだらけであることから「にんじん」というあだ名が付けられていました。「にんじん」は末っ子に生まれ、母親からは冷たくにらみつけられ、兄のフェリクスや姉のエルネスティーヌからも嫌われていました。そんな境遇の中育ったにんじんはいじけて、陽との愛に飢えながら生きていました。

やがて新しく来た女中のアネットと友達になろうと考えていたものの、朝から晩まで叱り飛ばされてしまい、にんじんが未来の花嫁として遊ぶマチルドともその間を割かれてしまい、にんじんは絶望してしまいます。やがて死を考えるようになったにんじんは、納屋で首を吊ろうとします。そこに駆け付けたのが村長に当選して有頂天になっているルピック氏、にんじんの父親でした。ルピック氏はどうして息子が死にたい気持ちになっているのかわからず、うろたえてしまいます。にんじんは「母さんが好きになれないから」と答えたものの、実はルピック氏は妻を嫌っていることを告白。にんじんはこの言葉に有頂天になり、かわいそうな父のために生きていく意思を新たにします。

・『ゴルゴダの丘』 1935年

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本作品は1935年に制作された作品で、デュヴィヴィエが僧会会員のジョセフ・レイモンとともに脚本を書きおろした作品です。

ローマ暦789年。エルサレムにはユダヤの国全土から巡礼の群衆が押し寄せていました。その中にはキリストとその弟子たちが含まれており、大衆は大歓声で迎えます。しかしその状況に畏怖を覚えていたのは大司祭カヤパと議員たちでした。そんな不穏な空気を尻目にキリストは寺院の中に消え失せ、翌日には商人たちを追い払うという騒動を起こします。正論を説くキリストに議員たちは恐れおののき、自らの地位を守るためにイエスを死罪に追い込む計画を立てるのでした。

・『地の果てを行く』 1935年

※画像はイメージです

本作品は1935年に制作された作品で、ピエール・マッコルランの小説を映画化した作品です。スペイン領であったモロッコで撮影され、その際スペイン外国人部隊の援助で撮影されたことでも話題になりました。

夜明けのモンマルトル。サン・ヴァンサンの小路で夜遊び帰りの男女が一人の男に突き当たり、あとになって女は自分の服に血が付いていることに気が付きます。女は男が人殺しなのではないかと疑うようになります。

その男ピエール・ジリエスは警察の目を逃れてスペインのバルセロナにわたったものの、ある酒場で有り金とパスポートをすべて盗まれてしまいます。困り果てたピエールはスペイン領モロッコにわたりスペイン外国人部隊に入隊したものの、殺人事件の容疑は異国であるモロッコにおいても追及されることになるのでした。

■おわりに

ジュリアン・デュヴィヴィエは1896年にフランスに生まれた映画監督であり、ジャック・フェデー、ジャン・ルノワール、ルネ・クレール、マルセル・カルネと並んでフランス古典映画を制作した名監督のひとりに数えられている人物です。フランス古典映画に関心のある方は、ぜひデュヴィヴィエの作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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