ジョージ・スティーブンス:『アンネの日記』や『シェーン』を制作した映画監督

ジョージ・スティーブンスは1904年アメリカ合衆国カリフォルニア州オークランドに生まれた映画監督です。戦前は商業映画を制作していましたが、戦後はアメリカの家庭や庶民生活を舞台にした重厚な作品で高い評価を受けました。そんなジョージ・スティーブンスの人生と作品について解説していきます。

■ジョージ・スティーブンスとは

ジョージ・スティーブンスは1904年アメリカ合衆国カリフォルニア州オークランドに生まれました。1921年にカメラマン助手として映画業界に入り、1927年にはハル・ローチのもとで短編映画を手掛け、1932年にはユニヴァーサルで助監督になり、1933年に映画監督としてデビュー。1935年にはキャサリン・ヘプバーン主演の『乙女よ嘆くな』がアカデミー作品賞にノミネートされたことをきっかけに、名前が広く知られるようになりました。

その後は、キャサリン・ヘプバーンとスペンサー・トレイシーが初めて共演した『女性No.1』や、ケリー・グラント主演『ガンガ・ディン』といった娯楽作を世に送り出します。そして、1942年の『希望の降る町』と1943年の『The More the Merrier』でアカデミー作品賞に連続でノミネートされ、興行的にも成功し、高い評価を得ました。

※ドイツで最初の強制収容所、ダッハウ収容所の外観

戦前はヒットを期待できるような娯楽映画を中心に作り、第二次世界大戦中にはアメリカ陸軍の映画班に所属して戦意高揚を促す作品を制作。また、ダッハウ強制収容所から解放された直後の現場の記録撮影を行い、ニュルンベルグ裁判では彼が撮影した作品が証拠となりました。

しかし戦争の凄惨さを体験したことから、戦後は商業主義の映画は撮らなくなります。そして、アメリカの家庭を舞台に人間の内面や人々の暮らしを描く作品を撮るようになり、1948年には『ママの想い出』、1951年にはジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の『アメリカの悲劇』のリメイク『陽の当たる場所』などを制作し、アカデミー監督賞を受賞。また1955年にはジェームズ・ディーンの遺作となった『ジャイアンツ』で2度目のアカデミー監督賞を受賞します。いずれもアメリカの家庭を舞台に映画いたことから「ドメスティック・リアリズムの巨匠」と呼ばれました。

その後はベルリン映画祭で審査委員長を務めるなど、映画業界全体を牽引するような存在になっていきます。しかし1975年にカリフォルニア州ランカスターにて、70歳の生涯を閉じることになりました。

■ジョージ・スティーブンスの作品

ジョージ・スティーブンスの作品は、第二次世界大戦の前と後で大きくスタイルを変えました。そんなスティーブンスの作品はどのようなものなのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

『ママの想い出』 1948年

この作品は1948年に制作され、キャスリン・フォーブス作の小説『ママの銀行預金』を映画化したものです。

舞台は1910年のサンフランシスコ。ノルウェーから移住してきたハンソンは、大工の仕事をして生計を立てていましたが、稼ぎはあまりよくありませんでした。しかも1人の男の子と3人の女の子がいたため、生活は苦しいものでした。少しでも家計の足しにするためにと、自称俳優のハイドという人物を下宿させているものの彼は下宿代を払ってくれず、一家の暮らしはさらに厳しくなります。そんな中娘のカトリンは小説家を目指し、一家に起こるさまざまな騒動にも負けず努力を重ねていくのでした。

『陽の当たる場所』 1951年

本作品はシオドア・ドラ―サーの「アメリカの悲劇」を映画化したものです。1951年にはアカデミー監督賞、脚色賞、作曲賞などに加え、6つのオスカーを受賞した作品でもあります。

ジョージ・イーストマンという青年は母子2人の貧しい家に育ち、シカゴのホテルでボーイをしています。ウォルソーの町で水着製造工場を経営している伯父のチャールズ・イーストマンに会いに行ったジョージは、幸いにして工場の仕事を得ることができました。そして伯父の館で、社交界の花アンジェラ・ヴィカースに出会い彼女に心惹かれるものの、身分違いの恋だと諦めてしまいます。しかしその一方で同じ職場の身寄りのない娘、アリス・トリップとある夜映画館で隣り合わせになり2人は急接近。しかし社員同士の交際はご法度だったため、2人は人目を忍んで会わなくてはなりませんでした。

そしてある日ジョージは、伯父のパーティーに招かれ昇進の機会を与えられました。そこでアンジェラと再会し今度はアンジェラがジョージの純真さに惹かれ、2人は愛し合います。アンジェラの両親も2人の仲を許し許嫁となるものの、アリスはジョージの子どもを身ごもっていました。ジョージは出世の妨げになること恐れアリスに堕胎を迫るも、彼女は了承しません。そこでジョージはアリスを溺死させようとしますが、アリスのひたむきな愛情を知ったジョージはその意志を失います。

しかしジョージの殺意を知ったアリスは恐怖にかられ動揺し、乗っていたボートを転覆させてしまいます。そしてアリスは溺死し、岸に泳ぎ着いたジョージは逮捕されました。裁判が行われ、ジョージは殺意があったことは認めたものの犯行は否定します。陪審員はジョージを有罪にし、死刑が宣告されますが執行の直前にアンジェラがジョージの元を訪れ永遠の愛を誓うのでした。

『ジャイアンツ』 1956年

本作品は作家エドナ・ファーバーによるベストセラー小説を映画化したものです。

テキサスに広大な敷地の牧場を持つジョーダン・ベネディクト2世は、東部の名家ヴァージニア・リントン家の美しき三姉妹の次女、レズリーと結婚します。しかしレズリーは、テキサスと東部の暮らしの仕方や人の気質のなどの違いに戸惑い、義理の姉ラズにも冷たくされます。そんなレズリーは、捻くれ者のジェット・リンクに密かに思いを寄せていました。

その後ラズは落馬事故で亡くなってしまいますが、ジェットは生前のラズだけが唯一の理解者であり、彼女は自分の一族の土地の一部をジェットに渡すという遺書を残していました。そのことに納得できないジョーダンは、その土地を高い値段で買い取ると申し出ます。しかし、その土地から石油が出ると信じているジェットは応じませんでした。そして、本当に石油が掘り当てられます。

ある夜、酒に酔ったジェットがベネディクト家に乗り込みレスリーに馴れ馴れしい態度をとりました。そしてジェットはジョーダンに殴られますが、なんとか逃走します。月日が経ちアメリカ屈指の大金持ちになったジェットは、ホテルでの祝賀パーティーにベネディクト一家を招待します。そのパーティーでジョーダンはジェットとの決着をつけようとしますが、殴る価値すらないと判断し会場を後にしました。しかし帰り道で差別されるメキシコ人に遭遇したジョーダンは、加害していた男に意見します。そして2人は殴り合いになり、ジョーダンは打ちのめされてしまうのでした。

■おわりに

ジョージ・スティーブンスの作風が変化したきっかけとなったのは、第二次世界大戦でした。凄惨な戦争を体験したことが、彼により人間の内面性を掘り下げるような作品を撮るように駆り立てたのでしょうか。

『シェーン』予告編

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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