ジョン・シュレシンジャー:『夜中のカーボーイ』や『或る種の愛情』を制作した映画監督

ジョン・シュレシンジャーは1926年2月16日にロンドンで生まれた映画監督です。オックスフォード大学在学中から写真や映画に関心があり、その頃から短編映画を制作していました。BBCでドキュメンタリー番組を手がけた後、監督業に進出し数々の実績を残します。そんなシュレシンジャーの人生と作品について解説していきます。

■ジョン・シュレシンジャーとは

中流階級のユダヤ人家庭の出身であり、父親は医師をしていました。セント・エドモンド校などで学び、第二次世界大戦の間はイギリス陸軍に入隊。戦争の最前線で映画製作に取り組んだことが、彼が映画を撮っていくきっかけとなったのでした。戦後はオックスフォード大学のベリオールカレッジで学びながら短編映画を制作し、卒業後はBBCでドキュメンタリー番組を手がけます。

俳優として活躍していたこともありましたが、1960年代頃からは監督業に専念するようになります。1961年に制作した『Terminus』は英国アカデミーの最優秀ドキュメンタリー賞にノミネートされ、徐々に名声を得ていきます。また1962年には『或る種の愛情』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞、1969年の『真夜中のカーボーイ』ではアカデミー監督賞を受賞しました。

また、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどで舞台演出やオペラ演出などの仕事も手掛け、精力的に活動を続けていました。そして2003年に77歳で生涯を閉じました。

■ジョン・シュレシンジャーの作品

シュレシンジャーの作品の魅力は、観客をあっと驚かせるようなストーリー展開にあるでしょう。そんな彼の作品にはどんなものがあるのか、主要な作品についてご紹介します。

『遥か群衆を離れて』 1967年

本作品はトマス・ハーディーの小説を映画化したもので、アカデミー作曲賞にノミネートされたことでも話題になりました。

舞台は19世紀ヴィクトリア朝時代、イングランド西部の田舎町。農家の娘バスシェバ・エヴァーデンは容姿に優れ、頭脳も明晰、かつ独立心に富んだ女性でした。バスシェバは近所の羊飼いガブリエル・オークから求婚されるものの、はっきりと断ります。その頃のバスシェバは、叔父の残した大きな農場を相続し、自ら農場を経営しようと試みていたのです。

一方、牧羊犬の事故によって羊をすべて失ったガブリエルは、偶然バスシェバの農場で雇われることになり、ガブリエルの助けもあって農場の経営は軌道に乗ります。あるときバスシェバは、いたずらで近隣のウィリアム・ボールドウッドにバレンタインカードを送ります。しかしボールドウッドはそれを真に受けて、彼女に求婚するも断られます。

その頃、街に駐屯していた騎兵部隊の士官フランク・トロイは、妊娠させた娘との結婚式をあげようとしていました。しかしその婚約者が道に迷って現れなかったため、彼は侮辱されたと感じて婚約を破棄します。なんとバスシェバはそんなトロイに夢中になり、結婚してしまうのでした。しかしトロイが農場の金を使い込んだせいで夫婦の関係は悪くなります。また、自分が捨てた婚約者が出産の際に亡くなったことを知り後悔から自ら海に身を投じたため、誰もが彼は亡くなったもの思っていました。それがある日、トロイはバスシェバの前に姿を現します。しかしその頃バスシェバは、ボールドウッドと婚約していました。激昂したボールドウッドはトロイを殺し、逮捕されます。そして、夫の墓前で悲しみにくれる彼女の前にガブリエルが現れ、彼が遠くに行ってしまうことを告げられます。長い間共に働きかけがえのない存在になっていた誠実な男、彼からの求婚を断ってからもうどれくらい経つだろうと、バスシェバは思うのでした。

『真夜中のカーボーイ』 1969年

本作品は1969年に制作された作品で、ジェームズ・レオ・ハーリヒーの同名小説を原作としたものです。第42回アカデミー賞作品賞を受賞し、1994年にはアメリカ議会図書館がアメリカ国立フィルム登録簿に新規登録したことでも話題になりました。

テキサスの田舎からニューヨークに出てきた青年ジョーはカウボーイスタイルに身を固め、女性を相手に金を稼ごうと思っていました。しかし女性たちは名うての娼婦たちであり、ジョーは逆に金をふんだくられてしまいます。そして彼はスラム街に住むラッツォという小男に会い、売春のあっせん人を世話してくれるという約束で10ドル手渡すものの、紹介されたあっせん人は男色を専門としている人物でした。騙されたと知ったジョーはラッツォを捕まえて問い詰めます。しかしラッツォの手にはすでに金はなく、ラッツォは罪滅ぼしにカモを探すのを手伝ってくれることになります。

ラッツォは温暖なマイアミに移住したいという夢を持っていました。そのころジョーはジゴロ稼業がうまくいきつつあって、金がありました。そしてその金を使ってラッツォとバスに乗り込み、マイアミを目指します。たどり着いたマイアミで明るい服装に着替えたものの、持病の病状が悪化していたラッツォはマイアミ到着を目前に息絶えてしまいます。

『スウィーニー・トッド』 1997年

本作品は18世紀の大英帝国に実在した殺人鬼を描いたものです。

舞台は1795年のロンドン・フリート街。理髪店を経営するスウィーニー・トッドは、誠実な人柄で知られる人物でした。しかし実は殺人鬼であり、金持ちの客が来ると剃刀で喉を切り裂き金品を奪っただけでは飽き足らず、死体はラヴェット夫人が経営する隣のミートパイの店に卸していました。

そして、金庫の鍵を持ったまま行方不明になっていた宝石商のマンヘイムを探すために、ベンという人物がやってきます。彼は、マンヘイムがトッドの店に立ち寄ったのを最後に行方がわからなくなっていたのを知っていました。またトッドの見習いをしていた少年、チャーリーをはじめとした協力者たちも失踪を遂げたことにより、ベンはだんだんと確信に迫っていきます。

■おわりに

ジョン・シュレシンジャーは『真夜中のカーボーイ』や『スウィーニー・トッド』などの不朽の名作をいくつも残しました。シュレシンジャーの作品はアメリカン・ニュー・シネマの重要な作品であり、アメリカ映画の新時代を作り上げたといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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