タヴィアーニ兄弟:常に共同で仕事をしたイタリアを代表する映画監督兄弟

タヴィアーニ兄弟は1929年9月20日にイタリア・トスカーナ州ピサ県サン・ミニアートで生まれた映画監督です。『塀の中のジュリアス・シーザー』や『復活』といった作品を制作し、イタリアを代表する映画監督として知られています。そんなタヴィアーニ兄弟の人生と作品について詳しく解説していきます。

■タヴィアーニ兄弟とは

タヴィアーニ兄弟はイタリア・トスカーナ州ピサ県サン・ミニアートで生まれました。兄ヴィットリオは1929年9月20日、弟パオロは1931年11月8日に生まれ、ともにジャーナリストとして活動したのち、1954年には短編『San Miniato, luglio ’44』を共同制作し、映画監督デビューを飾ることになります。

1960年には初の長編ドキュメンタリー作品となる『イタリアは貧しい国ではない』を共同で制作。その後長編『火刑台の男』や『ああ結婚』を制作し、ヴェネツィア国際映画祭パジネッティ賞などで3つの障子を受賞。またはじめてふたりだけで監督した1967年の『危険分子たち』はヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、名声を高めていきました。

1970年代になるとレフ・トルストイの小説を映画化したテレビ映画『サン・ミケーレのおんどりさん』を制作し、第22回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門で上映、また『アロンサンファン/気高い兄弟』は第27回カンヌ国際映画祭の監督週間で上映されるなど国際的な名声を高めるようになっていった兄弟は1977年には言語学者ガヴィーノ・レッダの自伝的小説を映画化した『父 パドーレ・パロドーレ』を制作し、第30回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、パルム・ドールを受賞しました。

※画像はイメージです

2000年代に入るとテレビ映画を中心に制作するようになり、2001年にはトルストイの同名小説を映画化した『復活』を制作し、モスクワ国際映画祭で金賞を受賞。2012年には刑務所内でウィリアム・シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を演じることになった囚人たちの姿を描いた『塀の中のジュリアス・シーザー』を発表するなどの活躍を見せていましたが、兄のヴィットリオは2018年4月15日に長く患っていた病気により死去。88歳の生涯を閉じることになります。

■タヴィアーニ兄弟の作品

タヴィアーニ兄弟の作品の特長は常に共同で仕事を死、演出はシーンを交互に行うことでしょう。兄弟と言えど、これほどまでに長い間共同制作を行った映画監督はまれであり、その協力関係がユニークな作品につながっている点を考えると、タヴィアーニ兄弟の関係は非常にまれなものといえるでしょう。

そんなタヴィアーニ兄弟の作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します

・『アロンサンファン 気高き兄弟』 1911年

(Public Domain/‘Screenshot del film Allonsanfàn (1974) di Paolo e Vittorio Taviani.’ by Gawain78. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1911年に制作された作品で、19世紀初頭王政復古時代のイタリアを舞台に秘密結社「気高き兄弟たち」から抜け出そうとする男の悲劇を描いたドラマです。

1916年ナポレオンが没落し、王政復古時代に入ったイタリア。秘密結社「気高き兄弟たち」に所属していた罪で入獄していた貴族のフルヴィオ・インブリアーニが釈放されます。長きにわたった獄中生活により、革命への意欲が薄れていたフルヴィオは故郷の屋敷に帰ったものの、そこへ結社の女性革命下であるシャルロットがやってきます。シャルロットは南部を開放するための遠征隊にフルヴィオにも参加するように促したものの、フルヴィオの妹マステルの密告によって結社の多くは殺害されており、シャルロットもまた命を落としてしまいます。フルヴィオはシャルロットとのあいだにできた息子マッシミリアーノとともにアメリカにわたることを夢見るようになっていきました。

一方生き残った「気高き兄弟たち」は南部遠征隊を組織。何とか結社から逃れようとしたフルヴィオだったものの、結社の船に乗り込むことになってしまいます。流れ着いた貧しい島でフルヴィオは仲間を売ることを決意し、「気高き兄弟たち」の赤い制服を目印に農民たちは次々にメンバーを狙撃していきます。

・『グッドモーニング・バビロン!』 1987年

※画像はイメージです

本作品は1987年に制作された作品で、黎明期のハリウッドに乗り込んでいくイタリア人の職人兄弟の姿を描いた作品です。

1913年のイタリア・トスカーナ地方では親方の合図で中世イタリア・ロマネスクの奇蹟の聖堂の修復が披露されていました。しかしそれはロマネスク建築の修復を稼業としてきたボナンノ家の最期の仕事であり、親方ボナンニは引退を決意していました。しかし末息子の2人二コラとアンドレアは家業を続けようと主張し、腕を磨くためにアメリカに出稼ぎに向かいます。

・『フィオリーレ 花月の伝説』 1994年

※画像はイメージです

本作品は1994年に制作された作品で、イタリア・トスカーナ地方の名門ベネディッティ家の200年間を描いた作品です。

18世紀末のトスカーナ。ナポレオン率いるフランス遠征隊の将校であるジャンは農家の娘エリザベッタと恋に落ちてしまいます。しかし何者かがフランス軍所有の金貨を盗んだことにより、ジャンは銃殺されてしまいます。ジャンは処刑直前に書いた手紙の中でエリザベッタにフィオリーレという名前をささげており、悲嘆にくれるエリザベッタはジャンの復讐を誓います。しかし犯人はエリザベッタの実の兄コンラッドであり、実の兄を手にかけることができなかったエリザベッタはジャンの子どもを産み落とした直後に亡くなってしまいます。

その数奇な運命は19世紀身分違いの恋を引き裂かれ、実の兄を毒殺することになるエリーザやマッシモに引き継がれることになり、ベネディディ一家はいつしか呪われた家族と呼ばれるようになっていました。

・『塀の中のジュリアス・シーザー』 2013年

※画像はイメージです

本作品は2013年に制作された作品で、ローマ郊外の刑務所を舞台に実際の受刑者たちが演劇「ジュリアス・シーザー」を演じる中、徐々に登場人物たちに同化していくさまを描いた作品です。

イタリア、ローマ郊外にあるレビッビア刑務所では主人たちによる演劇実習が定期的に行われていました。毎年様々な演目が演じられていたものの、今年は「ジュリアス・シーザー」と決定。早速演出家ファビオ・カヴァッリによって俳優のオーディションが開かれることになります。紆余曲折を経てシーザーには麻薬売買で17年の刑に処せられているアルク―リ、キャシアスには殺人で終身刑であるレーガに、ブルータスには組織犯罪で14年6カ月のストリアーノが抜擢されます。

■おわりに

タヴィアーニ兄弟はイタリアのサン・ミニアートに生まれた映画監督であり、映画監督としては珍しく兄弟で共同制作を行った映画監督です。ふたりは演出を交互に行うなど協力関係を築いており、その作品は高い評価を得ました。これを機に、ぜひタヴィアーニ兄弟の作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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