テリー・ジョーンズ:モンティパイソンのひとりにして映画監督

テリー・ジョーンズは1942年2月1日にウェールズのコルウェンベイで生まれた映画監督です。イギリスの代表的なコメディグループであるモンティパイソンのメンバーであり、そのユーモアを活かしてユニークな映画作品を制作した人物としても知られています。そんなテリー・ジョーンズの人生と作品について詳しく解説していきます。

■テリー・ジョーンズとは

テリー・ジョーンズは1942年2月1日ウェールズのコルウェンベイに生まれました。10代のころはラグビーに熱中したものの、オクスフォード大学セント・エドモンド・ホール・カレッジに進学して英語学やイギリス史を学ぶと徐々に演劇に関心を寄せるようになり、同校のコメディサークルである「オックスフォード・レビュー」に所属するようになります。この際のちに同じくモンティパイソンのメンバーとなるマイケル・ペイリンと出会っています。

オックスフォード大学を卒業すると、コメディライター兼役者となり、イギリスの歴史をパロディ化したコメディ番組『ザ・コンプリート・アンド・アッター・ヒストリー・オブ・ブリテン』や子供向けの番組『ドゥ・ノット・アジャスト・ユア・セット』などに参加。映像制作の仕事に取り組んでいましたが、意気投合した5人のメンバーと共に結成した「モンティパイソン」の活動が始まったことによって、ジョーンズのキャリアは大きく開いていきました。

(Public Domain/‘Venus, Cupid, Folly and Time’ by Bronzino. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
※『空飛ぶモンティパイソン』に登場する巨大なキューピッドの足

1969年からは『空飛ぶモンティパイソン』の制作を開始。ペイリンはスケッチを、ジョーンズはライターとしての仕事を行うほか、出演者として貴族の男性から庶民の老婦人まで幅広い役柄を演じました。この仕事に熱中するようになったジョーンズは徐々に演出にも関心を寄せるようになり、メンバーの中では最後までテレビ局に残り、編集などの仕事に携わっていたといわれています。

モンティパイソンの活動が終了したのちは、作家・脚本家として活躍し、また映画監督にも進出。自身の小説の映画化である『エリック・ザ・バイキング』や『たのしい川べ』などの作品を制作しました。また歴史学者としても活動したことでも知られており、特にジェフリー・チョーサーの研究は高く評価され、大学の講義で用いられる教科書に執筆することもありました。また十字軍の研究でも知られており、BBCのドキュメンタリー番組に携わったこともあります。

こうして精力的な活動を見せていたジョーンズでしたが、2006年10月21日には『デイリー・ミラー』紙によってジョーンズが初期の腸癌であることが明らかにされ、また2016年9月23日には認知症による原発性進行性失語とも診断を下されたことにより、徐々に創作の現場からは遠ざかることになり、2020年1月21日には77歳の生涯を閉じることになります。

■テリー・ジョーンズの作品

テリー・ジョーンズの作品の特長は、モンティパイソン時代のユーモアを活かし、子どもから大人まで楽しめる作品を作り上げている点でしょう。またジョーンズは歴史学者としての側面も持ち合わせており、イギリス史についての豊かな知識が作品の所々に活かされています。

そんなテリー・ジョーンズの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』 1975年

※ロケ地のであるスコットランド・スターリングのドゥーン城

本作品は1975年に制作された作品で、「アーサー王と円卓の騎士」の話を元に描いた作品です。

時は西暦932年。イギリスをおさめるアーサー王は神からのお告げを受け、円卓の騎士と共に聖杯を求める旅に出かけます。しかしやっとたどり着いたカメロット城に聖杯はなく、再び旅に出ることになります。途中森の中で3つの顔を持つ岸に行く先を阻まれたり、アンスラックス城では百数名の美女たちと一夜をともにしなければならなかったりとさまざまなハプニングに見舞われるものの、聖杯のありかを知っているという置いた魔法使いに出会い、怪獣が住むという洞穴に向かうことになります。

その洞穴に入るためには穴を守る「悪魔のうさぎ」を退治しなくてはならず、アーサー王一行はダイナマイトを投げ込んでうさぎを退治。洞穴では古代語が刻まれた石碑を発見したものの、怪獣から襲撃を受けてしまい、なんとか勝ったものだけが渡れる「死の橋」を乗り越え、聖杯へと向かっていくことになります。

・『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』 1975年

※画像はイメージです

本作品は1975年に制作された作品で、イギリスのBBCで放送された「モンティパイソン」を劇場用にリメイクした作品です。人間の愚かさや現代社会の狂気などをテーマに制作されたコメディ作品で、大きな反響を呼びました。

ある高級レストランに入った客ふたりはフォークの何気ない汚れが気になってしまい、ボーイに注意します。すると支配人が登場して手厚いお詫びをし、そこに料理長がでてきたことからことは大げさに発展していきます。そのほかにも不良ばあさんや鼻にテープを仕込んだ男、上級階級アホウレース、英独大戦争といったギャグを描いた作品です。

・『モンティパイソン ライフ・オブ・ブライアン』 1979年

※ロケ地であるチュニジア・モナスティルのリバート

本作品は1979年に制作された作品で、救世主キリストの偉大な生涯をパロディ化した作品です。

舞台はローマ帝政時代。ユダヤの国で一人の男の子が生まれ、星に導かれて東方から来た三賢人はその男の子こそが救世主であると信じたものの、これがブライアンンの悲劇のはじまりでした。

成長したブライアンの仕事はコロセウムで支配階級のエリートに帝国主義者向けの食品を売ることでした。このころユダヤはローマ帝国の支配下であり、ユダヤの人々の間では日に日にローマ帝政に対する不満が高まりつつありました。その中には革命軍としてゲリラ戦を繰り広げる者もおり、そうしたテロリスト・グループのひとつ「ユダヤ人民戦線」の女性闘士ジュディスに惹かれたブライアンはやがて人民戦線の一人に加わり、宮殿を襲う計画に加わることになります。

しかし計画を実行に移す中、ガラリや解放軍と鉢合わせたブライアンはそこで戦闘になり、ひとり生き残ってしまいます。ブライアンはローマ軍に捕らえられて牢に連行されたものの、途中で逃げ出し、宇宙船に助けられるという奇跡を起こします。ブライアンは説教師になりすまし、偶然にも信者の信頼を受けて救世主として絶対的な信望を集めるに至り、騒動はさらに大きなものになってしまいます。

■おわりに

テリー・ジョーンズはモンティパイソンのメンバーの一人として数多くのコメディ作品を制作してきた人物であり、イギリスを代表するコメディアンといえます。ジョーンズは歴史学者という側面を有していたことで作品を歴史的な観点においてもユニークなものとしました。こうしたジョーンズの制作手法は、非常に画期的だったといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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