トニー・スコット:『トップガン』『エネミー・オブ・アメリカ』を制作した映画監督

トニー:スコットは1944年7月21日イングランドのタイン・アンド・ウィアに生まれた映画監督です。当初は画家として生計を立てることを考えていたものの、CMディレクターとして映像制作の仕事に取り掛かるようになり、1986年には『トップガン』で世界的な映画監督として知られるようになりました。そんなトニー・スコットの人生と作品について詳しく解説していきます。

■トニー・スコットとは

トニー・スコットは1944年7月21日イングランドのタイン・アンド・ウィアに生まれた映画監督です。3人兄弟の末っ子として生まれ、兄の一人であるリドリー・スコットもまたのちに映像制作の世界で活躍することになります。

ロンドン王立美術大学で学んでいたスコットは、1970年代になって兄リドリーのCM制作会社に入ることになり、そこでCMディレクターとして多くのコマーシャル作品を制作。映像制作に活路を見出したスコットは1983年『ハンガー』で長編映画監督デビューを飾り、アメリカに活動の場を移したのち、1986年の『トップガン』が大ヒットとなり、世界的にその名前を知られるようになっていきました。

その後も多くの映画作品やテレビドラマなどを手がけていたものの、2012年8月19日にはカリフォルニア州サンペドロのヴィンセント・トーマス橋から飛び降りて死亡。遺書が見つかっていることから自殺とみられています。

■トニー・スコットの作品

トニー・スコットの作品は細かいカットの切り替えしや大げさとも思える映像装飾が特長的です。そうした効果を用いることで、より鑑賞者に印象付けるような映像制作に成功しており、若手映画監督たちにも大きな影響を与えました。

そんなトニー・スコットの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します

・『ハンガー』 1983年

※画像はイメージです

本作品は1983年に制作された作品で、スコットの初監督作品となった作品です。公開当初は酷評されたものの、特殊メイクやレズビアンのセックスシーンなどが話題になり、徐々にカルト的な人気を集める作品となっていきました。

深夜のニューヨークでは、ミステリアスな一組の男女が贅沢の限りを尽くす日々を過ごしていました。女の方はミリアムという何世紀もの時を生きる吸血鬼であり、ミリアムは愛する伴侶を見つけては不老不死の地と永遠の美を与え伴侶としてともに過ごしてきました。そんなミリアムが18世紀に伴侶としたのがジョンであり、ふたりは瀟洒な館で贅沢な日々を過ごしていました。

しかしある日ジョンに老化の傾向が見え始めます。ジョンは老化現象について研究している医師のサラの元を訪れるも、真剣に取り合ってもらえず、急速にジョンの容貌は衰えていきます。その一方でミリアムも次の伴侶としてサラに関心を持つようになり、徐々に接近するようになっていきます。

・『トップガン』 1986年

本作品は1986年に制作された作品で、アメリカ海軍の戦闘機パイロットの青春群像を描いたアクション作品です。「トップガン」とは1969年3月に創設されたアメリカ海軍戦闘機兵器学校のことであり、エリート戦闘機パイロットの上位1%のパイロットたちを訓練するために創設された機関にあたります。

同作は1986年の全米興行成績1位を記録し、トム・クルーズは本作品でトップスターの仲間入りをしました。

アメリカ海軍の艦上戦闘機F-14のパイロットであるピート・ミッチェルは父親の謎の死を引きずりながらも、型破りな操縦を行うパイロットとして知られていました。ミッチェルはどこにでもいるような心優しいレーダー要因グースを相棒としてインド洋上で国籍不明の戦闘機と空中戦を行っていました。双方は実弾を交わすことなく母艦に戻ったものの、実際の空中戦で後方にロックオンされた恐怖によって金縛りにあったクーガーはその後職務を離脱。ミッチェルは思いがけずグースとともにミラマー基地のエリート航空戦訓練学校に送り込まれることになります。

・『ビバリーヒルズ・コップ2』 1987年

※ロサンゼルスのマダム・タッソー館にある蝋人形の主演・エディマーフィー

本作品は1987年に制作された作品で、『ビバリーヒルズ・コップ』シリーズの第2作目にあたります。

マイノリティの黒人として差別を受けながらも、行動力と愛嬌で活躍するアクセル・フォーリー。前作のラストではビバリーヒルズの悪党を逮捕したものの、職務違反を起こしたためクビ寸前でいました。窮地に陥ったフォーリーを助けてくれたのがボゴミル刑事でしたが、そのボゴミル刑事が狙撃され重体になってしまいます。ボゴミル刑事に恩を感じているフォーリーはデトロイトから西海岸にわたり、仲間と共に事件の背後で暗躍する武装強盗団を追い詰めることになります。

・『デイズ・オブ・サンダー』 1990年

※画像はイメージです

本作品は1990年に制作された作品で、同年に結婚することになるトム・クルーズとニコール・キッドマンが共演した最初の作品にあたります。ふたりは2001年に離婚するまでに『遥かなる大地へ』と『ワイズ ワイド シャット』で共演しました。

才能と野心あふれるドライバー、コール・トリクルはかつて全米自動車クラブ選手権で数々の勝利をおさめた実力はドライバーでした。しかしインディアナポリスの勝利を目指しながらもフォーミュラカーのレーサーとして挫折した経験もあり、レースを走る勇気をなくしていました。しかしシボレーディラーの大物でNASCARチームオーナーであるティム・ダランドによってストックカードライバーとしての才能を見出されたことにより、トリクルはレースで勝つための勇気を取り戻すことになります。

・『ラスト・ボーイスカウト』 1991年

本作品は1991年に制作された作品で、「ビリーズブートキャンプ」の「ビリー隊長」として親しまれているビリー・ブランクスが出演していることでも話題になった作品です。

ジョー・ハレンベックは過去にカーター大統領の命を救ったことがある腕利きのシークレットサービスでしたが、強姦していたベイナード議員に暴行したことにより解雇されてしまい、今ではしがない私立探偵になっていました。その一方で元プロフットボール選手のジミー・アレクサンダー・ディックスも賭博でフットボール界を追い出され、麻薬におぼれながらの負け犬人生を送っていました。

ある日ジョーは友人からダンサーのコリーの身辺警護を頼まれたものの、何者かに襲撃され待ち合わせ場所でコリーと入れ違いになってしまいます。襲撃者の手から逃れたジョーがコリーのもとに駆け付けると、すでにコリーは殺されていました。ジョーはコリーの恋人であるジミーとともに捜査に乗り出すことになります。

■おわりに

トニー・スコットは1944年7月21日イングランドのタイン・アンド・ウィアに生まれた映画監督であり、『トップガン』や『ラスト・ボーイスカウト』といった映画史に残る作品を制作した人物です。惜しくも68歳の時にその命を自ら断つことになりますが、その独特な映像表現に影響を受けたものは多く、若手映画監督たちにその表現は受け継がれています。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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