フォルカー・シュレンドルフ:『ブリキの太鼓』を制作した映画監督

フォルカー・シュレンドルフは1939年3月31日ドイツのヴィースバーデンに生まれた映画監督です。高等映画学院で学んだ後1960年に映画監督としてデビューし、映画史に残る作品を数多く制作しました。シュレンドルフは1960年代後半から1980年代前半に盛んになったドイツの映画運動「ニュー・ジャーマン・シネマ」の代表的な監督の一人であり、戦後ドイツの映画業界を牽引した人物と見なされています。そんなフォルカー・シュレンドルフの人生と作品について詳しく解説していきます。

■フォルカー・シュレンドルフとは

フォルカー・シュレンドルフは1939年3月31日にドイツのヴィースバーデンに生まれました。1956年には一家でフランスに移住し、経済学と政治学を学んだ後に高等映画学院に入学。卒業後はルイ・マルやジャン=ピエール・メルヴィル、アラン・レネのもとで助監督をつとめました。1960年には短編映画を発表し映画監督としてデビュー。また1966年には初の長編作品となる『テルレスの青春』を発表し、第19回カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞しました。

1973年には映画製作会社「Bioskop Film」を設立。1975年にはハインリヒ・ベルの小説を映画化した『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』を制作し、また1979年にはギュンター・グラスの同名小説を映画化した『ブリキの太鼓』を発表。同作は第32回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したほか、第52回アカデミー賞でアカデミー外国語映画賞を受賞したことで、シュレンドルフは国際的にも高い名声を誇るようになっていきました。

1980年代からは制作環境をフランスやアメリカにも広げ、マルセル・プルースト原作の『スワンの恋』やアーサー・ミラー原作の『セールスマンの死』といった文芸作品を中心に作品を制作。近年は『魔王』や『シャトーブリアンからの手紙』など第二次世界大戦と関連した作品を制作しています。

■フォルカー・シュレンドルフの作品

フォルカー・シュレンドルフの作品の特長は、ある一定のテーマで作品を制作している点と言えます。80年代は文芸作品を中心に、近年は第二次世界大戦をテーマとした作品を制作しており、数点の作品を制作することでテーマをより深く掘り下げている傾向が伺えます。

そんなフォルカー・シュレンドルフの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』 1975年

※画像はイメージです

本作品は1975年に制作された作品で、ライン地方の小さな町を舞台に一人の独身女性が不運な人生をたどることになる姿を描いた作品です。

1975年2月、ライン地方の小さな町はカーニバルの真っ最中でした。仮面舞踏会を手伝っていたカタリーナは舞踏会にやってきたゲッテンと意気投合し、何度も踊った末に一夜をともにします。しかし翌朝物々しく武装した警官隊がカタリーナの部屋に押し入り、捜索を開始。実はゲッテンは過激派の銀行強盗であり、仮面舞踏会の前から警察に尾行されていたのです。しかしゲッテンの姿はもうそこにはなく、重要参考人として連行されたカタリーナは厳しい取り調べを受けることになります。

新聞紙やカタリーナの離婚した過去などを書き立て、いたずら電話や手紙などに悩まされる日々が続きました。そんな日々にたまりかねたカタリーナはゲッテンに連絡。その電話が元でゲッテンの隠れ家が突き止められ、ゲッテンは逮捕されます。しかしその一方で快方に向かっていたカタリーナの母親はひどい取材のせいで病気が悪化し、亡くなってしまいます。

カタリーナは新聞記者のヴェルナーにたったひとりで会見を申し込みますが、軽薄にしゃべり続けるヴェルナーにピストルの引き金を引き、ヴェルナーを殺してしまいます。カタリーナは自首して刑務所に送られ、墓地ではヴェルナーの葬儀が行われるのでした。

・『つかの間の情熱』 1972年

※画像はイメージです

本作品は1972年に制作された作品で、主婦の離婚をめぐって女性にとっての家庭の在り方を描いた作品です。

エリザベートは30歳になって離婚を決意。4歳の息子と夫の世話に追われていたエリザベートは解放感を味わい、まずは生活のために仕事を探しに行くものの、十分な教育を受けてこなかったエリザベートにはまともな仕事を見つけることもできませんでした。結局見本市のホステスや毛皮商の売り子などの仕事を転々とし、最後には事務所のタイピストに落ち着くことになります。エリザベートは新しい仕事の中で自らの情熱を燃やしていくのでした。

・『ルート・ハルプファスの道徳』 1971年

※画像はイメージです

本作品は1971年に制作された作品で、何不自由なく暮らす工場主の妻をめぐって夫や愛人、そして愛人の妻との奇妙な関係を描いた作品です。

小さな町の工場主ハルプファスの妻ルートは欲しいものは何でも手に入るという恵まれた生活を送っていました。もっと華やかで都会的な生活に夢を抱いており、夫とは異なるタイプの町の高校の美術教師フォーゲルザングとは恋愛を楽しんでいました。

その一方でフォーゲルザングは口では女性解放や芸術論を論じるものの、ルートに金をせびる卑しい性格の持ち主であり、やがてフォーゲルザングはルートの夫であるハルプファスを疎ましく思うようになっていました。フォーゲルザングは殺し屋を雇い、ハルプファス殺害を計画。ハルプファスは殺し屋に付きまとわれるようになり撃たれ倒れるものの、実は発砲したのはフォーゲルザングの妻。幸いにして命を取り留めたハルプファスは回復し、妻ルートとともにスペインへ旅立つのでした。

・『突然裕福になったコンバッハの人々』 1970年

※画像はイメージです

本作品は1970年に制作された作品で、オーバー・ヘッセン地方のコンバッハで実際に起きた百姓と日雇い労働者による現金輸送車襲撃事件を題材に描いた作品です。

舞台は1821年のオーバー・ヘッセンの森の中。市田の税金輸送車が馬に牽かれていきますが、それを両側の林の中に潜む7人の男たちが狙っていました。彼らはコンバッハの貧しい百姓と日雇い労働者であり、農奴制が廃止された1921年以降税金や不作などによってより貧しくなっていたのでした。彼らは現金を盗み、アメリカに渡ろうと考えていたものの、5回も襲撃に失敗していました。

ようやく6度目の襲撃で金を手に入れた男たちは歓喜に酔いしれるものの、貧乏人の彼らは金の使い方を知らず、急に派手にふるまったことから怪しまれ逮捕されてしまいます。

■おわりに

フォルカー・シュレンドルフは1931年にドイツのヴィースバーデンに生まれた映画監督であり、ニュー・ジャーマン・シネマの代表的な監督の一人とされている人物です。文芸作品や第二次世界大戦などをテーマとして数多くの作品を制作しており、社会的メッセージをはらんだシュレンドルフの作品はその後のドイツ映画界に大きな影響を与えました。

現在81歳と高齢のシュレンドルフですが、いまなお制作意欲は衰えず2017年にも新作を発表しています。今後どのような作品を届けてくれるのでしょうか。今後が期待されます。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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