ブライアン・シンガー:『Xメン』を制作した映画監督

ブライアン・シンガーは1965年9月17日にアメリカ合衆国ニューヨークに生まれた映画監督です。『X-メン』の監督に抜擢されたのち、『X-MEN2』や『スーパーマン リターンズ』といった大作を手掛け、近年は『ワルキューレ』を制作したことで話題になりました。そんなブライアン・シンガーの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ブライアン・シンガーとは

ブライアン・シンガーは1965年9月17日アメリカ合衆国ニューヨークに生まれました。父親は実業家のノーバート・デイブ・シンガー、母親は環境保護活動家のグレイス・シンデンであり、ユダヤ人の家庭でした。シンガーは幼いころから映画撮影に関心を抱いており、10代前半には8mmフィルムの制作や写真撮影を行うようになっていきます。ウェストウィンザー・プレーンズボロ高校に通った後、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで2年間映画製作を学び、南カリフォルニア大学の映画学科に学んでいます。

シンガーは1995年に制作した『ユージュアル・サスペクツ』で一躍注目を浴びたことから、大作『X-メン』の監督に抜擢され、その後『X-MEN2』や『スーパーマン リターンズ』といった話題作を監督。またヒトラーの暗殺計画を描いたトム・クルーズ主演の『ワルキューレ』を制作するなど、次々と話題作を手がけたことから、国際的にも名前を知られるようになっていきました。

2017年には『ボヘミアン・ラプソディー』の監督として制作に携わっていたものの、感謝祭の後もシンガーが撮影に戻ることはなかったため、20世紀フォックスによって監督交代が検討されるようになり話題になりました。本人の健康上の問題と報道されていたものの、『スーパーマン リターンズ』や『X-メン:アポカリプス』でも撮影を無断で中断していたことから、2017年12月4日にはシンガーは解雇。その後シンガーは制作の現場に現れていません。

■ブライアン・シンガーの作品

ブライアン・シンガーの作品の特長は、何といってもエンターテイメント性あふれる作品であることでしょう。特殊効果を存分に用いた『Xメン』や『スーパーマン リターンズ』、またヒトラー暗殺計画を描いた『ワルキューレ』などは興行的にも成功し、シンガーを国際的な監督に押し上げました。

そんなブライアン・シンガーの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『ユージュアル・サスペクツ』 1995年

※画像はイメージです

本作品は1995年に制作された作品で、本作品において脚本を担当したクリストファー・マッカリーはアカデミー脚本賞を、ケヴィン・スペイシーはアカデミー助演男優賞を受賞しました。

物語は左手に拳銃を持つ謎の男が戦場で複数の人物を殺害しているシーンから始まります。船は爆発し、銃で殺害された多数の遺体が発見されたことから大きな事件に発展。この船はカリフォルニア州のサンペドロ港に停泊していたマフィアの麻薬密輸船であり、当初爆発はマフィアと対立組織の抗争によるものと思われていました。その事件で一人だけ無傷で生き残った関税局捜査官のクイヤンは詐欺師で左側の手足にマヒがあるヴァーバル・キントを尋問。キントはサンペドロ港で密輸爆発事件が起こるまでの経緯をクイヤンに語り始めます。

・『X-MEN』 2000年

※主演のヒュー・ジャックマン

本作品は2000年に制作された作品で、「マーベル・コミック」の『X-メン』の実写映画化第一作目にあたります。

人類が急激な進化の過程に入った近未来において、突然変異で超能力に目覚めたミュータントたちは周囲から迫害を受けていました。不死のミュータントウルヴァリンは記憶を失い世界を放浪していたもの、ある日触れたものの力を奪う能力を持った少女ローグと出会い、彼女と行動を共にすることになります。しかし直後大男のミュータントに襲われ窮地に追い込まれるものの、サイクロップスとストームというミュータントが現れ救われます。

2人は「恵まれし子らの学園」とよばれる学校に運ばれ、治療を受けることになります。そこはプロフェッサーXが率いる「Xメン」によって守られたミュータントだけが通う学校でした。ウルヴァリンとローグを襲ったミュータント・セイバートゥースはかつてプロフェッサーと親友だったマグニートー率いるミュータント集団「ブラザーフッド」の一員であり、両者は対立し戦いを続けていました。

・『スーパーマン リターンズ』 2006年

※画像はイメージです

本作品は2006年に制作された作品で、「DCコミック」の「スーパーマン」を原作とした実写映画第5弾にあたります。ただそれまでのスーパーマンシリーズで起きた出来事は反映されておらず、物語はスーパーマンが地球を去ってから5年後から始まります。

故郷の星であるクリプトンの残骸が発見されたと聞いたスーパーマンは愛するロイスに別れも言わないまま、宇宙船に乗って一人で旅立ちます。故郷の周辺にたどり着いたものの何ひとつ見つけることができなかったスーパーマンは再び地球に戻ったものの、父はすでに亡き人となっており、あらゆるものが変わってしまっていました。

母の励ましを受けて再びクラーク・ケントとしてデイリー・プラネットに復帰した日、ロイスは新型シャトルの実験飛行に立ち会っていました。しかし宿敵レックス・ルーサーはスーパーマンの家である北極の孤独の要塞に忍び込んでおり、クリプトン科学の結晶クリスタルを盗み出し、それをもとに停電を引き起こします。そのせいでロイスの乗った飛行機はコントロールを失い、危うく墜落死するところだったのをスーパーマンが阻止。ケントとロイスは再会するものの、ロイスは母になり、また「なぜスーパーマンは必要ないか」という記事でピューリッツァー賞まで受賞していました。

・『ワルキューレ』 2008年

※画像はイメージです

本作品は2008年に制作された作品で、1944年に起きたドイツ国防軍将校によるヒトラー暗殺計画「7月20日事件」とその指揮をとった実在の将校クラウス・フォン・シュタウフェンベルグ大佐を描いた作品です。

1943年3月ドイツはすべての戦線で敗退を続けており、ドイツの敗北は誰の目に見ても明らかでした。しかしヒトラーはあくまで最後まで勝利をあきらめず、そんなヒトラーを重く見たドイツ国防軍の半ヒトラー派将校トレスコウ将軍は前線視察に訪れたヒトラーの暗殺を指示。しかし爆弾の不具合によって失敗してしまいます。ベルリンに戻ったトレスコウは爆弾の回収に成功するものの、同志のオルブレヒト将軍から、中心メンバーのオスター大佐がゲシュタポに逮捕されたことを知らされ、後任として北アフリカ戦線から復帰したシュタウフェンベルグ大佐を任命。再びヒトラー暗殺計画に取り掛かります。

■おわりに

ブライアン・シンガーはアメリカ合衆国ニューヨークに生まれた映画監督であり、『X-メン』や『ワルキューレ』といった話題作を数多く制作したことで知られる映画監督です。近年は健康上の問題で撮影に携わっていないものの、きっとまた映画界に復帰し観客をあっと驚かせるような作品を届けてくれることでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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