ブライアン・デ・パルマ:『ミッション:インポッシブル』を制作した映画監督

ブライアン・デ・パルマは1940年9月11日アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアークに生まれた映画監督です。『アンタッチャブル』や『ミッション:インポッシブル』といった話題作を制作したことで知られています。そんなブライアン・デ・パルマの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ブライアン・デ・パルマとは

ブライアン・デ・パルマは1940年9月11日アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアークに生まれました。イタリア系アメリカ人の父は外科医の仕事をしており、父の仕事の都合でペンシルバニア州フィラデルフィアに移住。少年時代は数学や工学に情熱を傾け高い評価をうけていました。

コロンビア大学を卒業したのち、サラ・ローレンス大学修士課程に進学。在学中から作品制作に励んでおり、短編『Woton Wake』がローゼンタール基金賞を受賞したことで弾みをつけたデ・パルマは、1963年に『御婚礼/ザ・ウェディング・パーティ』の撮影を開始。1964年に修士課程を修了したのちは、ニューヨークを拠点に短編やドキュメンタリー作品を制作しました。

そんな中1966年ニューヨーク近代美術館の展示会のオープニング用に作られたドキュメンタリー映画『The Responsive Eye』が興行的に成功し、1968年には徴兵拒否の実体験を描いた『ロバート・デ・ニーロのブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN2・黄昏のニューヨーク』がロングランヒットとなり、第19回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞するなど国際的にも高い評価を得るようになっていきました。

1970年にはワーナーブラザーズとの契約により、ハリウッドに移住。ポール・シュレイダーやジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラなど同世代の映画監督たちと交流を持つようになったものの、マジシャンを目指す男性を描いた『Get to Know Your Rabbit』で主人公が兎を切り刻むマジックを披露するというシーンにワーナーが不快感を示し、デ・パルマは解雇されてしまいます。

その後ニューヨークに戻ったデ・パルマは『悪魔のシスター』や『ファントム・オブ・パラダイス』を制作。カルト・ムービーとして認められるようになり、再びハリウッドに戻ることになります。その後もスティーブン・キングのホラー小説を映画化した『キャリー』や、アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』へオマージュをささげた『殺しのドレス』などを制作しました。

■ブライアン・デ・パルマの作品

ブライアン・デ・パルマはニューハリウッド世代の代表的な映画監督の一人に数えられているものの、作品の出来不出来が激しい映画監督といわれており、『殺しのドレス』は強い暴力描写や性描写のために上映反対運動が起き、またアル・パチーノが主演をつとめた『スカーフェイス』では酷評されるなど、その暴力性はしばしば非難の的となり論争を繰り広げてきました。しかしその反面分割画面や長回し、スローモーションなど独特の映像表現を追求していることでも知られており、熱狂的なファンがいることでも有名です。

そんなブライアン・デ・パルマの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します

・『アンタッチャブル』 1987年

本作品は1987年に制作された作品で、禁酒法時代のアメリカ・シカゴを舞台にマフィアのボス、アル・カポネを逮捕しようとするアメリカ合衆国財務省捜査官のチーム「アンタッチャブル」の闘いの日々を描いた作品です。捜査チームの主任捜査官だったエリオット・ネスの自伝を元にしており、主人公のエリオット・ネスを演じたケビン・コスナーは本作品によってハリウッド・スターの仲間入りを果たしました。

1920年代から1930年代のアメリカ。禁酒法が施行されたことによって、アル・カポネをボスとする犯罪組織は酒の密造とカナダからの密輸により莫大な利益を上げるようになっており、政府は大きく問題視するようになっていました。当局はシカゴに財務省のエリオット・ネスを派遣し、密造酒摘発の任務にあたらせるものの、マフィアに買収されて警官が情報を漏らしていたため作戦は失敗してしまいます。また新聞記者に失敗した場面の写真を撮られてさらし者になってしまうものの、初老の警察官ジム・マーロンに「警察の仕事は手柄を立てることではなく、無事に家に帰ることだ」と教えられ、ネスはようやく帰路につきます。

翌日出勤したネスの元に、マフィアたちの抗争の巻き添えになって死んだ少女の母親が面会にやってきます。その母親からあきらめないでと励まされたネスは気持ちを新たにし、マローンを呼び出し、シカゴを牛耳るアル・カポネを逮捕する決意を打ち明けます。信頼する仲間と班を編成するために協力してほしいと頼まれたマローンは、その作戦の難しさから躊躇するものの快諾。警察学校の生徒だった新米のジョージ・ストーン、財務省から応援に来たオスカー・ウォレスとともに任務にあたることになります。

ネスはウォレスのアドバイスでカポネを脱税の罪で起訴する方針を固め、またマローンの情報を元にカナダ警察と協力してカポネ・ファミリーの密造酒密輸の現場を押さえることに成功。銃撃戦によりマフィアに多数の死傷者を出したものの、ファミリーの帳簿係と帳簿を押さえることに成功。しかしその報復としてカポネはウォレスと帳簿係を殺害し、またマローンもまた殺害されてしまいます。

ネスとストーンはマローンの死に際のメッセージを頼りにシカゴ・ユニオン駅に向かい、銃撃戦の末に会計係を確保。ネスとストーンは予定通りにカポネを起訴するように働きかけ、予備審問が開始されることになります。

・『ミッション:インポッシブル』 1996年

※画像はイメージです

本作品は1996年に制作された作品で、1966年に始まったアメリカの人気ドラマシリーズ『スパイ大作戦』を映画化した作品です。

CIAの極秘諜報部隊IMFに所属するベテラン工作員のジム・フェルプスは飛行機内で客室乗務員に映画を勧められます。実はそれはIMFからフェルプスに対する指令であり、プラハのアメリカ大使館からCIAの非公式工作員のリストを盗もうとしている大使館職員に関する任務を行うよう指示されていました。

しかしフェルプスやそのチームのメンバーは作戦の実行中つぎつぎと殺害されてしまい、若手のイーサン・ハントのみが生き残ります。イーサンは後悔の任務の監督役であったキトリッジに連絡を取って会うものの、実は作戦辞退が裏切り者を見つけ出すための偽の任務であり、リストも偽のものであったことが明かされ、イーサンこそが裏切り者だと断定されてしまいます。

■おわりに

ブライアン・デ・パルマはアメリカ・ニュージャージー州に生まれた映画監督であり、『アンタッチャブル』や『ミッション:インポッシブル』といった作品を制作したことで知られている人物です。その作品の評価はばらばらであるものの、新しい表現技法を追求し続けていることはデ・パルマ作品の特長といえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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