フランク・ダラボン:『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』を制作した映画監督

フランク・ダラボンは1959年1月28日フランスのモンベリアルに生まれた映画監督です。スティーブン・キングの作品を映画化した映画作品で知られるとともに、『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』といった映画史に残る作品を制作したことで知られています。そんなフランク・ダラボンの人生と作品について詳しく解説していきます。

■フランク・ダラボンとは

※ダラボンは写真左

フランク・ダラボンは1959年1月28日フランスのモンベリアルに生まれました。両親はハンガリー動乱のため政治難民としてフランスに逃れてきたハンガリー人であり、ダラボンは難民収容所のあったモンベリアルで生まれました。ダラボンが5歳の時にアメリカのシカゴに移住することになりますが、その際ジョージ・ルーカスの作品を目にしたことで、映画のキャリアを志すようになっていきます。

ダラボンはハリウッドの有名な劇場グローマンズ・エジプトで売店の店員として働くようになり、その特典として無料で映画を見ることができました。その後制作助監督として映画制作に関わるようになったダラボンは『地獄の夜』や『誘惑』といった作品に取り掛かるようになり、1983年にはスティーブン・キングの短編小説『312号室の女』を映画化した短編映画を監督、その後はホラー映画を中心に脚本を書く仕事を行っていきます。

1994年にはスティーブン・キングの中編小説『ショーシャンクの空に』を監督し、その名前は国際的に知られるようになっていきました。また1999年には同じくキングの中編小説『グリーンマイル』を映画化し、興行的成功をおさめるまでになりました。その後も『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』や『ゴジラ』の脚本に関わるなど、精力的に制作活動を行っています。

■フランク・ダラボンの作品

フランク・ダラボンの作品の特長は、スティーブン・キングの作品を多く手掛けていることでしょう。ただダラボン自身寡作な映画監督であることから、劇場映画作品は4点のみとなっています。それにもかかわらず『エルム街の悪夢3 惨劇の館』や『フランケンシュタイン』、『プライベート・ライアン』といった作品の脚本や制作を手掛けているという点を考えると、ハリウッドにおいて非常に高く評価されているといっていいでしょう。

そんなフランク・ダラボンの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します

・『ショーシャンクの空に』 1994年

※ロケ地であるアメリカのオハイオ州立少年院

本作品は1994年に制作された作品で、冤罪によって投獄された銀行員が希望を捨てずに生き抜く姿を描いたヒューマンドラマ作品です。スティーブン・キングの『刑務所のリタ・ヘイワ―ス』を原作とした作品であり、批評家たちから大変高く評価され第67回アカデミー賞では7部門にノミネートされました。

若くして銀行副頭取を務める優秀な銀行員アンドリュー・デュフレーンは妻とその愛人を射殺した罪に問われてしまいます。無実を訴えるも終身刑が下されたデュフレーンは劣悪な環境で知られるショーシャンクの刑務所に服役することになります。エリス・ボイド・レディング、通称「レッド」はそのなかでも長年服役しているメンバーであり、もう何度目かになる仮釈放の審査を受けていましたが、今回も却下されてしまいます。

そんなところにアンドリューを含む新しい受刑者たちが護送され、ノートン所長とハドリー主任刑務官からショーシャンク刑務所の紹介をされますが、その説明は脅しを含んだものであったため、新人受刑者は取り乱してしまいます。そんな新人受刑者はハドリーから暴力を受け死んでしまいます。

アンディもまた荒くれもののボッグズの一味に性的行為を強要され生傷が絶えない生活を送っていましたが、ハドリーの遺産相続問題を知り解決策を提案したことで状況は一変。ボッグズはハドリーに半殺しにあい、アンディを襲うものはいなくなっていました。アンディは仲間の自殺や冤罪証明のカギを握る人物が射殺されるなどひどい状況に追い込まれるものの、20年間ロックハンマーで壁を彫り続け、1966年には脱獄。そして所長の不正蓄財を告発したのち、メキシコに向かい悠々自適な生活を送るのでした。

・『グリーンマイル』 1999年

※画像はイメージです

本作品は1999年に制作された作品で、スティーブン・キングの同名小説を映画化した作品です。2000年のアカデミー賞では音響、脚本、作品賞などを受賞したことでも話題になりました。

物語は刑務所の看守主任だったポールが60年前の出来事を回想する形で物語が始まっていきます。1932年双子の少女を強姦殺人したジョン・コーフィが死刑囚監房で看守をつとめるポールの元に、ひとりの大男が送られてきます。しかしコーフィはその風貌や罪状に庭ないほど弱く、繊細な人物であり、またポールの重い尿路感染症を直してしまい、また瀕死の重傷を負わされたネズミの命を救うなど、不思議な力を授かった人物であることが徐々に周りに広まっていきます。

しばらくしてウィリアム・ウォートンという凶悪な死刑囚が送られてきます。コーフィ―は刑務所長の妻目リンダから病気を漉き取ると、知事の妻の甥であり傲慢な態度で嫌われていた看守パーシーに病気を移してしまいます。パーシーは錯乱状態となってウォートンを銃殺し、まもなく精神病院に送られてしまいます。

実はウォートンこそが双子の少女を殺害した真犯人であり、ポールに事件の真相を伝えるも、コーフィ―の冤罪が覆る証拠は存在せず、死刑執行が決定されてしまいます。ポールたちはコーフィに脱獄を進めるものの、コーフィ―は毎日のように世界の苦しみを感じたり聞いたりすることにつかれたといってそれを拒否。数日後コーフィ―は処刑されることになります。

・『マジェスティック』 2001年

※画像はイメージです

本作品は2001年に制作された作品で、ハリウッド・ブラックリストから着想を得た作品です。

1951年のアメリカ。赤狩りが激しくなる中、ハリウッドの新進脚本家ピーター・アプルトンはB級映画の脚本を書きながらも、いつかは一流の作品を手がけたいと奮闘していました。しかし学生時代に共産主義に参加したことから共産主義者の疑いをかけられてしまったピーターは、新作航海は延期、スタジオとの契約も破棄されるなど、どん底に追い込まれてしまいます。

絶望から飲酒運転をしたうえ、道路に飛び出したオポッサムを避けようとしたピーターは、道を踏み外し端から転落。事故で記憶喪失になってしまいます。そんなピーターがたどり着いた街「ローソン」では戦争で多くの若者たちを失い、人々の心には大きな傷を残していました。ピーターはそんな街の復興の一歩として映画館の再建に尽力することになります。

■おわりに

フランク・ダラボンは1959年1月28日にフランスのモンベリアルに生まれた映画監督であり、『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』を制作したことで知られている映画監督です。寡作であるもの、その作品はどれも高く評価されており、映画史に残る人物といえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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