アレハンドロ・ボドロフスキー:『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』を制作した映画監督

アレハンドロ・ボドロフスキーは1929年2月17日チリのトコピジャに生まれた映画監督です。1957年にトーマス・マン原作の短編を制作して映画監督としてデビュー。1970年には『エル・トポ』、1973年には『ホーリー・マウンテン』を制作し、その独特の映像美から世界的に有名になっていきました。そんなアレハンドロ・ボドロフスキーの人生と作品について詳しく解説していきます。

■アレハンドロ・ボドロフスキーとは

アレハンドロ・ボドロフスキーは1929年2月17日チリのボリビア国境近くの町、トコピジャに生まれました。12歳の時にはサンティアゴに移住し、サンティアゴ大学に進学。心理学と哲学を学んでいたものの、パントマイムにのめりこむあまり、大学を中退。その後はパリにわたり放浪生活を送ったのち、メキシコシティでは100本以上の芝居を演出。1957年にはトーマス・マン原作の短編『LA CRAVATE』を制作し、映画監督としてデビューすることになります。

1970年代には代表作となる『エル・トポ』を発表。同作は当初コロンビアやユナイトといった大手配給会社から上映を断られ、エル・ジンというスペイン語圏の映画を扱うミニシアターで深夜上映されるのみだったものの、封切られると同時に大ヒット。ジョン・レノンやアンディ・ウォーホル、ミック・ジャガーといったアーティストたちから絶賛され、カルト的な人気を誇るようになりました。

そうして映画監督として名前を知られるようになったホドロフスキーは、1975年にはSF大作となる『デューン』の制作に着手。各界から一流のキャスティングがなされたものの配給先が決まらず、結局企画は中止になってしまいます。その後『O嬢の物語』やジョン・レノンとオノ・ヨーコを主演にした『指輪物語』などが企画されたものの、いずれも制作には至らず徐々に制作から遠のいていきました。

その後2013年には23年ぶりの作品となる『リアリティのダンス』を発表。また未完成の作品『デューン』を題材としたドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』が制作されたことから、大きな話題になりました。その後も『エンドレス・ポエトリー』や『ホドロフスキーのサイコマジック』といった自伝的な作品を制作し、映画ファンからの注目を集めています。

■アレハンドロ・ボドロフスキーの作品

アレハンドロ・ボドロフスキーの作品の特長は、グロテスクかつエロティック、そしてカオスであることでしょう。ボドロフスキーはシュルレアリスムや日本の禅などさまざまな文化に接しており、それに加えて幼少時家族から忌み嫌われていた経験も相まって、独特の映像を作り出すことで知られています。そんなボドロフスキーの作品に惹き付けられる映画ファンは多く、ボドロフスキーの作品の多くはカルト的人気を誇っています。

・『エル・トポ』 1970年

※画像はイメージです

本作品は1970年に制作された作品で、ボドロフスキーの出世作にあたります。ジョン・レノンやアンディ・ウォーホル、ミック・ジャガーなどから絶賛され、現在もなおカルト的人気を誇る作品となっています。

一人息子とともに旅をしていたガンマン、エル・トポは立ち寄った街で住民が虐殺された事実を聞き、ならず者に制作を加えるべく彼らが占拠していた修道院に奇襲をかけるのでした。修道院を開放したエル・トポは再び旅に出ようとするものの、敵のボスの愛人の願いで息子を捨て、彼女とともに旅に出ることになります。そんな中愛の証拠に砂漠にいる4人のマスター・ガンマンを殺すように言われ、ガンマンを探す旅に出るのでした。

1人目のガンマンは両腕のないフリークスの男と両足のないフリークスの男の二人を従えた盲目のヨガ行者で、無の境地に達した達人で弾丸を心の空白に導くことで撃たれても死ぬことがないとされていました。しかしエル・トポは落とし穴を仕掛けて勝利をおさめるのでした。その後2人目を知っているという女が現れ、彼女の案内で二人目のガンマンの元を訪れることになります。2人目のガンマンはいかなる精密作業でも失敗することがないガンマンであり、早打ちで彼をしのぐものはいませんでした。しかしガンマンが異常なまでのマザコンであることを知ると、ガンマンの母を襲って怪我をさせ、動揺した達人を後ろから撃ち殺してしまいます。

そうして3人目、4人目の達人たちも倒していったエル・ポトだったものの、4人目の達人はすべてハムであることを悟らせるためにエル・ポトが持っていた銃を手に取り、自殺。その姿を見てエル・トポは自らが破壊してきたものに打ちのめされてしまいます。エル・ポトはついに神に見放され、恋人からも裏切られ、そして永い眠りにつくのでした。

・『リアリティのダンス』 2013年

※画像はイメージです

本作品は2013年に制作された作品で、ホドロフスキーの23年ぶりの作品となった作品です。第66回カンヌ国際映画祭監督週間でプレミア上映されたことでも話題になりました。

若きアレハンドロはユダヤの血を引いていることから同級生にからかわれる毎日を過ごしていました。そんなアレハンドロの母サラはアレハンドロを自らの父と信じ込んでおり金髪のかつらをつけさせ、サーカス芸人だった父のハノメはアレハンドロを利用院に連れていき、金髪のかつらを外させるという日々。またハイメはアレハンドロを何度も殴りつけ、麻酔なしで歯の治療を受けさせアレハンドロを「秦の男」にしようとしていました。

その一方共産党員であるハイメはカルロス・イバニェス大統領の暗殺を仲間たちと計画。しかし犬の仮想大会で大統領の命を救ったことがきっかけになり、大統領の馬丁の仕事に就くことになります。しかし大統領の愛馬ブケパロスが亡くなり、ハノメは仕事を辞してチリ各地を放浪することに。ハイメの旅は記憶喪失やナチの拷問、椅子づくりの職人との出会いなど奇想天外なものだったものの、ようやく家族の元に帰還することになります。

■おわりに

アレハンドロ・ホドロフスキーはチリのトコピジャに生まれた映画監督である、『エル・トポ』をはじめとする革新的な作品を制作したことで知られる人物です。シュルレアリスムや日本の禅など多様な文化に触れ、また幼少時のトラウマ的な経験もあり、その作品はエロティックかつグロテスクなものに仕上がっているものの、魅了される映画ファンは絶えません。

『リアリティのダンス』で23年ぶりに復帰、その後も『エンドレス・ポエトリー』や『サイコマジック』といった話題作を制作しているホドロフスキーですが、今後どのような作品を私たちに届けてくれるのでしょうか。今後が期待されます。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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