アニータ・ロディック:「ザ・ボディ・ショップ」の創設者

アニータ・ロディックは1942年10月23日にイギリス、サセックス州リトルハンプトンで生まれた実業家です。夫がアメリカに単身赴任している間に、娘2人とザ・ボディ・ショップ1号店をリトルハンプトンに開店。「ザ・ボディ・ショップ」として世界的に展開する傍ら、環境活動と児童福祉活動にも熱心に取り組んでいったことで知られています。そんなアニータ・ロディックの人生について詳しく解説していきます。

■アニータ・ロディックとは

※イギリス、サセックス州リトルハンプトン

アニータ・ロディックは1942年10月23日イギリス、サセックス州リトルハンプトンでイタリア移民の過程に生まれました。母親はカフェを営みリサイクルを心がけるなど環境によいことを心がける女性であったといわれています。学校を卒業したのちは、世界中を旅してまわり、1970年には友人の紹介で知り合ったゴードン・ロディックと結婚。夫婦はレストランを開き、また2人の娘にも恵まれました。

■ザ・ボディ・ショップ開店

1976年夫がアメリカに単身赴任している際生活費を稼ぐ必要に駆られたロディックは、最初のザ・ボディ・ショップを開店。ロディックは世界中を旅した経験からさまざまな文化に触れており、また国際連合で働いたこともあり、より環境に優しいスキンケア製品を販売したいと考えていました。ロディックは詰め替え可能な容器を取り入れ、その品質の良さもあって評判になっていきました。

6か月後には2号店がオープン。また夫が帰国するとビジネスに関わるようになり、1991年には700店舗を構えるようになっていました。

■慈善活動

※画像はイメージです

またロディックは慈善活動も熱心に行っていたことで知られています。1990年にはルーマニアの孤児院を訪問した経験から、チルドレン・オン・ザ・エッジを設立。チルドレン・オン・ザ・エッジは、孤児院の劣悪な環境を管理するための組織であり、紛争や自然災害、障害、エイズなどの影響を受けている恵まれない子供たちを支援することとされています。

1990年代後半にはルイジアナ州刑務所の独房にアフリカ系アメリカ人が20年以上拘禁されていた事件にも関与。国際的なアピールを行ったほか、彼らを助ける資金を拠出しました。

■ザ・ボディ・ショップについて

ロディックが創業したザ・ボディ・ショップは天然原料をベースとしたオリジナル化粧品を製造・販売する企業であり、世界50か国以上に2000店舗以上を展開しています。環境問題を支援する取り組みや化粧品製造の際の動物実験に反対する姿勢など、社会的企業としても知られています。

その大きな取り組みの一つが、「コミュニティ・トレード」です。ザ・ボディ・ショップは援助ではなく取引を」「第三世界の人々を援助するため、彼ら自身のニーズを満たし、そのために彼らが持つ資源を利用し援助する創造的な取引を」といったポリシーを掲げており、その試みの一つとしてネパールの製紙工場で37人の雇用者を採用。またグラスゴー郊外のイーストハウスの石鹸工場では失業中だった住民100人を雇用しました。

またその一方で本社が政治的になることに懸念をもつフランチャイズ店も増えつつありました。1986年にグリーンピースと同盟を結び「鯨を救え」キャンペーンを展開した際にはその亀裂も大きなものになっていったものの、世界経済から置き去りになりがちな国々から天然素材や手作りの製品を買い付け、公正な代金を支払うというスタイルは高く評価されています。

ザ・ボディ・ショップは毎年50%の急成長を見せ、1984年にロンドンのUSMで扱われたのち1986年にはロンドン証券取引所に上場。しかし経営悪化に伴い、2006年にはロレアルに買収、2017年にはブラジルのナチュラ・コスメティコスに売却されることになります。その際ロレアルが動物実験を依然として続けているブランドであったため、ボディショップが掲げるポリシーと反するとして多くの議論を呼びました。世界中の顧客や小売業者からボイコットが起こり、本社があるイギリスでは強い反対運動も起こりました。

この背景にはロレアル経営にネスレが参加しており、ネスレはかつて発展途上国で企業倫理を冒す形で乳児用粉ミルク販売をしていると取りざたされたことがありました。アニータはネスレ商品の不買運動を進めたこともあり、イギリス国内では大きな論争となりました。

■ボディショップ財団

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こうした慈善活動を行う団体として、1990年にはボディショップ財団が設立。ボディショップ財団は人々の権利、環境、動物保護の分野で地球規模のプロジェクトを支援する財団であり、ボディショップとさまざまな資金調達団体から毎年寄付を受けています。

財団では9500万ポンドを助成しており、チルドレン・オン・ザ・エッジなど多くのプロジェクトや団体に対し、直接物資を支援しています。

■晩年

※画像はイメージです

2004年にロディックは長期にわたるC型肝炎による肝硬変と診断されます。生命保険契約に必要だった血液検査の結果、C型肝炎が診断され、おそらく次女を出産した際に輸血を受けたことで発症したのだろうと明らかにしました。その後サウサンプトンでの通院を続けたほか、ケンブリッジのアデンブルックス病院で肝移植チームによる治療を受けていたものの、2007年9月10日にはチチェスターのセント・リチャード病院に入院。急性脳出血で亡くなりました。

ロディックが亡くなったのはイギリスのチャンネル5で放送された生放送のテレビ番組「ドクター・ドクター」の特別ゲストとして出演した2週間後であり、ロディックは番組内でC型肝炎について医師と話し合っていたこともあり、多くの人々はロディックの死に大きな驚きを感じました。

ロディックが亡くなったとき彼女の手元には5100万ポンドの財産が残されていたものの、ロディックは家族や友人ではなくすべてを慈善団体に寄付。最後まで慈善活動に力を入れ続けた生涯と言えます。

■おわりに

アニータ・ロディックは1942年10月23日イギリス、サセックス州リトルハンプトンでイタリア移民の過程に生まれた女性です。世界各地を旅した経験を活かして環境に優しい質の高い化粧品を販売。ロディックの店はザ・ボディ・ショップとして世界中に広まっていきました。

またその一方でロディックは環境活動や児童福祉活動にも熱心に取り組み、2003年にはディムの称号も授与されています。恵まれない子供たちへの支援や不当な拘禁者への支援などはロディックがもっとも心を傾けた支援であり、その意志は現在にまで引き継がれています。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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