量子コンピュータ:無限の可能性を秘める超高速マシン

量子コンピュータとは、量子力学の原理を応用した次世代のコンピュータであり、従来のコンピュータよりはるかに高速に演算ができる計算機とされています。量子コンピュータについては2010年代に入ってから実用化に向けての動きが活発化してきました、無限の応用可能性のある量子コンピュータについて詳しく見ていきましょう。

・量子コンピュータの動作原理についての概説

そもそも量子コンピュータとはどのように動作しているのでしょうか?おおまかではありますが、数学や物理学が苦手な人のために、数式を使わずその動作原理について解説します。

量子コンピュータとの比較のため、まずは従来のコンピュータの動作原理について概説します。従来のコンピュータ(ノイマン型コンピュータ)は、0と1の二つの数しかとらない値(この値を「ビット」と呼びます)の羅列により、二進法を用いて記録・演算を行います。二進法とは、値が2に達するとケタが繰り上がるような数の表記法のことで、たとえば二進法の110は十進法での6を表し、二進法での11011は十進法での27を表します。

これに対し、量子コンピュータでは、量子力学の原理にもとづき、0と1の間の「状態」を「重ね合わせて」とることのできる「量子ビット」(「キュビット(qubit)」と呼ばれることもあります)を用いて演算を行います。この量子ビットは、無限に多くの状態をとることができ、原理的には、量子ビットをn個並べた場合、量子力学に基づく特別な演算を行った場合、2のn乗個の状態をとることが可能となります。これが、従来のノイマン型コンピュータの場合、n個のビットを並べたときには、たとえば「1011100…101」のように、ただ一つの数値を表すだけです。

ノイマン型コンピュータも量子コンピュータも、ビットを多くそろえるほど演算能力は増大していきます。しかし、そのビットの増加にともなう演算能力の増加速度については、量子コンピュータのそれの方がノイマン型コンピュータのそれよりもはるかに速いのです。この点が、演算速度における量子コンピュータの優位性を裏付ける特徴と言えるでしょう。

・量子コンピュータの歴史と現状

2010年代に入ってから実用化への期待が膨らんできた量子コンピュータですが、その原理についてのアイデアが生まれたのも最近で、1985年に生まれたとされています。発案者はイギリス・オックスフォード大学の理論物理学研究者のデヴィッド・ドイチュで、彼は「コンピュータが物理法則に従うならば、量子力学に従うコンピュータがありうるはずだ」と考え、量子コンピュータの礎となるアイデアを抱いたとされています。

また同時期に、高名な物理学者のリチャード・P・ファインマンも、別のアプローチではありますが量子コンピュータのアイデアを思いつきます。彼は「コンピュータはどこまで小さくなれるか」という疑問のもと、コンピュータの素子の大きさは原子の大きさにまで至るだろう、そしてそのときコンピュータの従うべき物理法則は量子力学のそれになるだろう、という観点から量子コンピュータの原理を思いついたとされています。のちに出版されたファインマンの講義録では、彼の考えた量子コンピュータについての精緻な議論が展開されていますが、そのベースとなっているアイデアは先述のドイチュのアイデアがあると考えられています。

しかし、これらはあくまでただのアイデアであり、量子コンピュータの実用化の見通しが立ったわけではありませんでした。転機が訪れたのは1994年、ピーター・ショアという数学者が「ショアのアルゴリズム」と呼ばれる、量子コンピュータの原理に基づく計算方法を用いて、巨大な数の素因数分解が簡単に解けるようになるような計算方法を見つけ出したときです。素因数分解については皆さんも中学校や高校の数学の授業で経験し、苦手意識を持っている方もいるかもしれませんが、実は巨大な数を素因数分解することは、従来のノイマン型コンピュータを用いても難しいものなのです。この難しい素因数分解を、ノイマン型コンピュータが数万年という時間をかけなければ解くことができないところを、量子コンピュータを使えばわずか数時間で解ける、という可能性がショアのアルゴリズムの発見により示唆され、これがきっかけとなって、量子コンピュータが計算機として真に実用的である、という注目が集まることになったのです。

このように、量子コンピュータの歴史とは、コンピュータサイエンティストの側からではなく物理学者の側から提案されたことで始まったものだと言えます。30年以上の時を経て、様々な技術が発展してきたおかげで、2010年代、ようやく量子コンピュータの実用化の兆しが見え始めています。

量子コンピュータの現状はどのようになっているのでしょうか。実は、2011年に、D-Wave Systemsというカナダのベンチャー企業が、量子コンピュータを開発して販売しはじめています。その額は一台、1000万米ドル以上。しかし、この量子コンピュータは用途がかなり限定されており、一般的な活用のための性能の面ではまだまだである、というのが一般的な認識のようです。しかしそれでも、2015年、GoogleとNASA(アメリカ航空宇宙局)がこのコンピュータを使って、「組み合わせ最適化問題」という、変数が多くなるとコンピュータを用いても計算に時間のかかる問題の、変数が1000個ある場合のものについて、従来のコンピュータと比べて最大1億倍の速さで解いたというニュースが出て、量子コンピュータの可能性を示唆しました。

量子コンピュータの可能性に関しては、GoogleのほかIBMやMicrosoftなどの世界的企業も注目しており、2020年代には汎用性のある量子コンピュータの実用化を目指し、日々しのぎを削っています。

・量子コンピュータにより実現しうる未来

量子コンピュータの未来の応用可能性としてまず考えられるのは、AI(人工知能)への応用です。先述の通り量子コンピュータは従来のコンピュータとは比べ物にならないくらいの計算速度を誇るため、その計算速度を用いたAIの高性能化が期待されます。AIの発展はとりもなおさず、様々な分野における新技術の発展を推し進め、我々の生活をがらりと変える可能性があります。

また、AIとセットで語られることの多い「ビッグデータ」と量子コンピュータのコラボレーションも注目される展開の一つです。ビッグデータとはweb上に蓄積された大量のデータのことで、とくに医学・金融・マーケティングなどの分野においてビッグデータの注目は高く、コンピュータを用いて解析することで、従来の医薬品研究の結果を分析することによる新薬開発の加速化や、顧客の意見を分析することによる販売戦略の最適化や新たな販路の開拓、最適な投資戦略の分析などに役立てることができると期待されており、「現代の鉱脈」と称されることもあります。量子コンピュータのような高速のコンピュータを用いれば、従来のコンピュータでは不可能であったビッグデータの解析が可能となり、これまで解決不可能だった様々な問題の解決に応用できることが期待されています。

世界的企業もその可能性に注目する量子コンピュータ。今は一台が途方もない価格となっていますが、いつかはあなたでも買える値段にまでなるかもしれません。それを使ってさらにあなたの人生を豊かにできるか否かは、あなた自身にかかっていることでしょう。

参考資料

宮野健次郎、古澤明 量子コンピュータ入門(第二版) 2016 日本評論社
竹内繁樹 量子コンピュータ―超並列計算のからくり 2005 講談社ブルーバックス

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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