アントニー・バークリー:実験的な推理小説を執筆したイギリスの小説家

(Public Domain/‘Anthony Berkeley Cox at Sherborne School in 1911’ by Unknown author. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

アントニー・バークリーは1893年7月5日イギリスのハートフォードシャーに生まれた小説家です。陸軍大尉として従軍したのち、ユーモア小説を発表するようになり、その後推理小説を発表していきました。そんなアントニー・バークリーの人生と作品について詳しく解説していきます。

■アントニー・バークリーとは

※ハートフォードシャー

アントニー・バークリーは1893年7月5日ハートフォードシャーの裕福な医師の家に生まれました。オックスフォード大学のユニバーシティカレッジを卒業後、第一次世界大戦ではイギリス陸軍に従軍。その後ジャーナリストとして働くようになります。

また仕事の傍らさまざまな執筆を行っており、ユーモア小説を寄稿するほか、1925年には「?」のペンネームで 『レイトンコートミステリー』を発表。また代表作となる『毒入りチョコレート事件』を1929年には発表し、イギリスを代表する作家となっていきました。またアガサ・クリスティやフリーマン・ウィルズクロフトなど著名なミステリー作家と共にディテクション・クラブを設立しました。

その後バークリーの作品はいわゆる推理小説黄金期に広く読まれ、たびたび映画化もなされました。小説で築いた財産は莫大なものであったものの、1939年以降はほぼ絶筆状態となり、晩年は不遇の時を過ごしたといわれています。

■アントニー・バークリーの作品

アントニー・バークリーの作品は複数の探偵を登場させたり、また登場人物の性格描写に焦点を当てたもの、また結末でどんでん返しをおこすなど、さまざまな新しい技法を取り入れたことが特長です。その一方でシャーロック・ホームズ的な名探偵を嫌っており、社交的でおしゃべりなロジャー・シェリンガムを登場させたこともそういったバークリー作品の特長の一つといえます。

そんなアントニー・バークリーの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『毒入りチョコレート事件』 1929年

※画像はイメージです

本作は1929年に発表された作品で、バークリーの代表作となった作品です。

スコットランド・ヤードの主席警部モレスビーは、作家ロジャー・シェリンガムが主催する「犯罪研究会」に未解決の毒札事件の解決を依頼。犯罪研究会の6名は1週間かけてそれぞれ捜査を行い、毎週毎日一人ずつ推理を披露することになります。

事件は女ったらしで有名なサー・ユースタス・ペネファーザーが午前10時30分にロンドンのクラブに到着し、ポストから無料のチョコレートの箱を受け取ったことから始まります。ユースタス卿はそういったマーケティング手法を嫌っており、一度はチョコレートの箱を捨てようとしたものの、クラブの別のメンバーであるグラハム・ベンディックスの妻ジョアンとの賭けで負けていることを思い出したユースタス卿は箱をベンディックスに譲るのでした。

朝食後妻と共にチョコレートの箱を開けたベンディックスだったものの、そのチョコレートを口にしたジョアン・ベンディックスは亡くなり、夫のグラハムも重病になり入院してしまいます。チョコレートにはニトロベンゼンが含まれており、添付の手紙はチョコレートの製造業者のものだったものの、その製造業者によって送られた記録は残っていませんでした。

警察の調査によってチョコレートはユースタス卿を狙ったものであったことが明らかになったものの、ユースタス卿がその日ロンドン・クラブを訪れるとは誰も知らなかったため、捜査は行き詰まりに。そしてスコットランド・ヤードはテロリスト的な犯行ではないかと推測するのでした。

こうした事件の内容を聞いた犯罪研究会のメンバーたちは、1週間後調査によってさまざまな証拠や容疑者を発見するにあたり、ユースタス卿の妻、妻と離婚したのちに結婚する予定だった若い女性の父親、ユースタス卿の捨てられた愛人の一人などを挙げていきますが、そこで犯人と特定されたのは思いがけない人物でした。

・『ピカデリーの殺人』 1929年

※画像はイメージです

本作は1929年に発表された作品で、アンブローズ・バターフィールド・チタウィックが探偵役として登場する作品です。

犯罪学と切手収集に没頭する毎日を送っていたアンブローズ・バターフィールド・チタウィック。そんなチタウィックがたまたま訪れたホテルで、毒殺の現場に居合わせてしまいます。警察から証言を依頼され、事件を思い出していくとともにチタウィックは次第に事件のつじつまが合わないところに気が付き始めるのでした。

・『殺意』 1931年

※画像はイメージです

本作は1931年に発表された作品で、犯人の視点で犯行を描く倒叙形式の名作として、リチャード・ハル『伯母殺人事件』、F・W・クロイツの『クロイドン発12時30分』とともに倒叙三大名作の一つとされています。

イギリス郊外に住み、診療所を営むビクリー医師は妻のほかに好きな女性ができたため妻を殺すことを決断。入念な準備を行い、完璧な殺人計画を実行に移すものの、容疑者のひとりに上げられてしまいます。その後法廷にも出廷することになるものの、ビクリー医師が自らの罪から逃れることはできるのでしょうか。

・『事件の前に』 1932年

(Public Domain/‘Photo of Cary Grant and Joan Fontaine from an ad for the 1941 film Suspicion in the trade publication Motion Picture Herald.’ by RKO Radio Pictures. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作は1932年に発表された作品で、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『断崖』の原作となったことでも話題になった作品です。

28歳のリナ・マクレイドローはイギリスの村で年老いた両親と共に退屈な毎日を送っていました。そんなリナは新進気鋭の作家ジョニーと結婚することになります。ジョニーとの新婚生活は極めて豪華だったものの、失業中のジョニーがどのように工面したのか聞き出し、結果的にジョニーはすべて借金したと吐露します。

リナはジョニーが仕事に就けるようにさまざまな手はずを取ったものの、ジョニーが宝石を盗んで売っていることが発覚。そのことが判明してから徐々に2人の関係はおかしくなっていくのでした。

■おわりに

アントニー・バークリーはイギリス・ハートフォードシャーに生まれた小説家で、革新的な作風で『毒入りチョコレート事件』や『殺意』、『試行錯誤』といった作品を執筆した人物です。その作風はその後の若手推理小説家たちにも多大ない影響を及ぼしており、推理小説黄金期の幕開けに一助をなした人物といえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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