イアン・フレミング:「007」シリーズの作者

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イアン・フレミングは1908年5月28日イギリスのウェストミンスター・メイフェアで生まれた小説家です。イギリス海軍情報部に勤務し、第二次世界大戦中は諜報員としても活躍。そうした経験をもとに執筆した「007」シリーズは大ベストセラーになりました。そんなイアン・フレミングの人生と作品について詳しく解説していきます。

■イアン・フレミングとは

※イギリスのウェストミンスター・メイフェア

イアン・フレミングは1908年5月28日イギリスのウェストミンスター・メイフェアで生まれました。父親は国会議員であり、祖父はスコットランドの金融家ロバート・フレミングだったため、フレミングは比較的裕福な幼少期を過ごすこととなります。しかし1914年には父親のバレンタイン・フレミングがドイツ軍の砲撃によって戦死。また同年にフレミングはダーンフォードで予備役についていたものの、その学校生活もまた恵まれたものではありませんでした。

1921年にはイートンカレッジに入学。その後陸軍士官学校に入学し、銀行や問屋での勤務を経て、大手通信社ロイターに勤務。また1939年からはイギリス海軍情報部に勤務し、第二次世界大戦中は諜報員として「ゴールデンアイ作戦」の指揮を執るほどでした。

1945年終戦後に退役すると、ジャマイカの別荘「ゴールデンアイ」に移住。それまでの経験をもとにジェームズ・ボンド第1作となる長編『カジノ・ロワイヤル』を発表。その後も執筆をつづけたものの、『黄金の銃を持つ男』を構成していた1964年8月12日に心臓発作により死去。56歳の生涯を閉じることとなります。

■イアン・フレミングの作品

イアン・フレミングの作品はなんといっても「007」シリーズが有名です。その作品はフレミングが諜報員として活動していた際の知識と経験に裏付けされており、そのため非常にリアルな描写になっていることから大きな人気を集めることになりました。また食事シーンを克明に描くことでも有名で、これにはフレミング自身が大変な美食家であったことが影響しているといわれています。

そんなイアン・フレミングの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『007 カジノ・ロワイヤル』 1954年

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本作は1954年に発表された作品で、「007」シリーズ第一作となった作品です。1967年、2006年には映画化もなされ、大きな話題となりました。

ソ連・スメルシュの工作員であるル・シッフルは使い込んだ組織の資金を穴埋めするため、ロワイヤル・レゾーのカジノで一攫千金を狙っていました。一方イギリス秘密情報員007ことジェームズ・ボンドは上司Mからポーカーでル・シッフルを負かして破滅させるよう命令されます。ボンドはヴェスパー・リンドやフランス参謀本部2課のルネ・マティス、CIAのフェリックス・ライターと連携し、任務に成功するも、その直後にヴェスパーがル・シッフルに拉致され、ボンドもまた捕まってしまうのでした。

・『007 ムーンレイカー』 1979年

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本作は1979に発表された作品で、「007」シリーズ第3作目にあたります。「ムーンレイカー」とは「水面に映った月を熊手でかき寄せようとしたイギリスのウィルシャー州の人」という意味で、馬鹿者やアホウ者を表すイギリス英語の古典的な隠語にあたります。

イギリスの億万長者ヒューゴ・ドラックスが私費を投じて開発した原爆搭載ロケット「ムーンレイカー」が国家に寄贈されることとなり、ドラックスは偉大な国家的英雄と称賛されるようになっていました。しかしそんなドラックスがカード・クラブでいかさまをしているという情報を得たMはボンドと共にクラブに向かいます。ボンドはさらなるいかさまをしかけてドラッグスから大金を巻き上げるものの、ドラッグスの態度はひどいもので、とても国家的英雄とは思えないものでした。

その翌日ドーハ―断崖のムーンレイカー基地の保安主任が刃傷沙汰で死亡する事件が発生。翌週の金曜日にはムーンレイカーを核弾頭なしの状態で試写する実験が行われることになっていたため、念のためにとボンドが派遣されることになります。

こうした事件の首謀者はドラックスであり、実は彼はナチス親衛隊の生き残りで、ドイツを滅ぼしたイギリスへの復讐を遂げるため、長年の潜伏期間を経て億万長者となり、イギリス国内に原爆基地を開設。使者実験と見せかけてムーンレイカーに核弾頭を装備し、ロンドンに打ち込む計画を企んでいたのでした。

・『007 ダイヤモンドは永遠に』 1956年

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本作は1956年に発表された作品で、007シリーズ第4作目にあたります。

イギリス秘密情報員ジェームズ・ボンドは上司Mよりダイヤモンド密輸ルートの解明を命じられ、任務にあたることになります。運び屋のピーター・フランクスとすり替わったのち、監視役の女ティファニー・ケイスの手引きでニューヨークにダイヤを運び、そこでCIAを退職してピンカートン探偵社に勤めていたフェリックス・ライターと再会。ボンドはライターの協力を得ながら、密輸ルートを仕切るアメリカのギャング団スパングルド組の謎のボスABCの正体を突き止めていきます。

・『007 ロシアより愛をこめて』 1963年

本作は1963年に発表された作品で、1963年には映画化されたことで話題になった作品です。

ソビエト連邦情報機関の最高幹部会議は西側の情報機関に打撃を与えるべく、スメルシュに命じてジェームズ・ボンドを辱めて殺害することを決定。第2課長のローザ・クレッブ大佐はタチアナ・ロマノーヴァ伍長をおとりに仕立てることにします。

その後タチアナが暗号解読機「スペクター」を手土産に亡命を望んでいるという連絡を受け取ったイギリス諜報部は、ボンドをイスタンブールに派遣。首尾よくタチアナと解読機を確保したボンドは、タチアナとともに夫婦を装ってオリエント急行に乗り込み、国外脱出を図るものの、そこにはスメルシュが放った刺客グラントが待ち構えていました。

■おわりに

イアン・フレミングは「007」シリーズを執筆したことで有名な小説家です。その作品はフレミングが実際に諜報部に所属していた際の知識と経験から執筆されており、よりリアルかつ読者を楽しませるものとなりました。「007」シリーズというと映画が有名ですが、原作を読んでみると思わぬ面白さがあります。これを機にフレミング作品を読んでみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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