ウィリアム・H・ホジスン:『異次元を除く家』『ナイトランド』を執筆した小説家

(Public Domain/‘Уильям Хоуп Ходжсон в своей военной форме во время Первой Мировой войны’ by Unknown author. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ウィリアム・H・ホジスンは1877年11月15日イギリス、エセックスのブラックモア・エンドに生まれた小説家です。特に怪奇小説や海洋小説を執筆し、その独自の執筆スタイルは『ナルニア国物語』でも知られるC・S・ルイスからも注目されたほどでした。そんなウィリアム・H・ホジスンの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ウィリアム・H・ホジスンとは

(Public Domain/‘Уильям Хоуп Ходжсон’ by unknown. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ウィリアム・H・ホジスンは1877年11月15日イギリス、エセックスのブラックモア・エンドに生まれました。ホジスンは12人兄弟の2人目として生まれたものの、兄弟のうち3人は幼いころに亡くなっています。そのためホジスンは幼い子どもの死をしばしば作品に取り入れたといわれています。

その後全寮制学校に入学したものの、船員になることをあきらめきれなかったホジスンは13歳の時に学校から脱走。捕まって家に戻されたものの、父から船員見習いとして働くことを許され、1891年からはキャビンボーイの見習いとして働き始めることになります。1895年に見習い期間を終えると、リバプールで2年間学んだ後、航海士の試験に合格。その後は船員として働くことになります。

船での生活は楽しいことばかりではなく、いじめを受けることも多かったため、個人的に体を鍛えることが習慣となっていきました。また写真撮影や切手の収集、銃の鍛錬などにも夢中になり、1898年には海に落ちた船員を助けた功績でイギリス水難救助隊からメダルを授与されています。

※画像はイメージです

その後ジム経営などさまざまな事業に手を出したものの、エクササイズ関連の記事を発表したことをきっかけに執筆に関心を寄せるようになり、小説を執筆するようになっていきました。特にエドガー・アラン・ポーやジュール・ヴェルヌ、アーサー・コナン・ドイルなどに触発されたといわれており、その作品は主に怪奇小説や海洋冒険小説の類でした。

1904年には処女作となる『The goodness of death』 を発表。1909年には『異次元を除く家』を発表し、再び高評価を得たことで自身を高めていきました。また最後の長編『ナイトランド』は1912年に出版されています。

第一次世界大戦がはじまる頃にはロンドン大学の職員訓練隊に参加し、イギリス陸軍歩兵隊の副官として軍務に就き、ドイツ陸軍との戦闘で数々の武勲を立てたものの、1918年ベルギー北西部において流れ弾を受けて戦死。40歳という短い生涯を閉じることになります。

■ウィリアム・H・ホジスンの作品と作風

ホジスンの作品は怪奇小説や海洋冒険小説が主であり、航海士としてのキャリアを活かすことで、よりリアルなストーリ展開を見せています。

そんなウィリアム・H・ホジスンの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『異次元を除く家』 1908年

※画像はイメージです

本作は1908年に執筆された作品で、超自然的な生物や異世界をテーマとする作品です。

アイルランド西部で2週間の釣り休暇を過ごしていた2人の男性は、奇妙な穴を発見。彼らは穴の上の岩に廃墟があるのを見つけ、そこで見つけた日記を読み始めるのでした。

日記の著者は妹と犬のペッパーと共に暮らす老人と自己紹介しており、地元の住人とは交流がなく孤独に過ごしていました。そんな「私」はある日書斎で過ごしていたものの、自分の体が地球から離れ、別の世界に行くという体験をします。そこで巨大な異郷の神々に囲まれた「私」は自分の家とそっくりでありながら、より巨大な建物を目にします。それから「私」は数々の恐ろしい体験をするようになるのでした。

・『ナイトランド』 1912年

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本作は1912年に発表された作品で、絶滅しつつある地球について映画いた作品です。

未来の地球。「私」は夕暮れ時散歩に出た折に、隣人の親族である令嬢ミルダスと出会い、たちまち恋に落ちてしまいます。ふたりはさまざまな障害を経て結ばれたものの、ミルダスは出産の折に命を落としてしまいます。悲しみに暮れていた「私」であったものの、途方もない時を経て生まれ変わり、17歳になった転生した自分とお互い意識が通じ合うようになります。

転生した「私」が暮らす未来の地球はすでに太陽は光を失い、また環境問題や天変地異、戦争によって荒廃しており、わずかに生き残った人類は「ラスト・リダウト」と呼ばれる巨大なピラミッド型建造物を作り、その中に引きこもって社会を営んでいました。ピラミッドの周囲には巨人や怪獣など荒々しい生き物が跋扈しており、ピラミッドの人々はよほどのことがなければ外に出ることはできませんでした。しかしふと最愛の妻ミルダスの気配を感じ取った「私」は、ミルダスを探しだす決意を新たにするのでした。

・『夜の声』 1907年

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本作は1907年に発表された作品で、ホジスンによる短編小説にあたります。

濃密な霧に囲まれて停止してしまったスクーナーに、一隻の手漕ぎボートが近づいていくシーンから物語は始まります。ボートを漕いでいる男はスクーナーの船員に声をかけ、ランタンの明かりを遠ざけてくれるよう頼んだ後、自分は難破した船の乗客でアリ、婚約者のために食料を分けてくれないかと頼むのでした。船員は食料を入れた木箱をボートの報に押しやり、男は婚約者の元に戻っていくのでした。

その夜またボートの男が現れ、婚約者は食料に感謝していたものの、もうすぐ死んでしまいそうだと語り、自分の体験を語りだすのでした。男と婚約者が乗船していたアルバトロス号は遭難し、2人は乗組員に見捨てられ難破船に取り残されてしまいます。船を脱出した2人は小島に漂流するものの、そこには草も鳥も魚もなく、キノコしか残されていませんでした。2人は仕方なくキノコを口にしたもの、それは食べたものをキノコにしてしまう不思議なキノコでした。

一通り話し終わると、男は手漕ぎボートを押しながら島に戻っていったものの、それを見守る船員には人間とは思えない奇妙な生き物がボートをこぐ姿がかすかに見えていたのでした。

■おわりに

ウィリアム・H・ホジソンは1877年11月15日イングランド、エセックスのブラックモア・エンドに生まれ、航海士になったのち、小説家となった人物です。その作品は怪奇小説や海洋冒険小説が主であり、その独特の世界観はラブクラフトや『ナルニア国物語』を執筆したC・S・ルイスから絶賛されました。

第一次世界大戦の際40歳でその生涯を閉じることになったホジスンですが、もしより長い人生を歩んでいたのなら、どのような作品を世に送り出していたのでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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