ウィリアム・ボーイング:ボーイング社の設立者

(Public Domain/‘Catalog #: BIOB00402 Last Name: Boeing First Name: William E Notes: Repository: San Diego Air and Space Museum Archive’ by San Diego Air & Space Museum Archives. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ウィリアム・ボーイングは1881年10月1日アメリカ合衆国ミシガン州デトロイトに生まれた起業家です。航空機メーカー「ボーイング社」の設立者として知られており、その後の航空産業を牽引しました。そんなウィリアム・ボーイングについて詳しく解説していきます。

■ウィリアム・ボーイングの幼少期

※アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト

ボーイングは1881年10月1日アメリカ合衆国ミシガン州デトロイトに生まれました。父のヴィルヘルム・ヴェーインクはドイツのハーゲン=ホーエンリンブルグ出身、母のマリー・M・オルトマンはオーストリアのウィーン出身であり、特に父のヴェルヘルムは経済的に恵まれた家に生まれたものの、何の経済援助も受けずにアメリカにわたり、スペリオル湖近くの材木と鉱物の権利で財を成したことで知られています。

しかし1890年ボーイングが8歳の時、父はインフルエンザで他界。母は再婚し、ボーイング自身はスイスの学校に進学したのち、イェール大学に進学したものの材木業界で働くために中退。早々にビジネスの世界に飛び込むことになります。

■航空事業への参入

(Public Domain/‘A fiatal William E. Boeing’ by Unknown author. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

その後ワシントンのホーキアムやオリンピック半島グレイズハーバー周辺の森林地帯を購入し、パナマ運河を経由して東海岸に材木を輸送するという大事業を成し遂げたボーイングはグリーウッド材木会社の社長に就任。精力的に事業を進めていましたが、1909年シアトルに旅行した際に初めて飛行機を見たことから航空機に魅了されてしまいます。

1916年にはパシフィック・エアロ・プロダクツを設立。1917年にはアメリカが第一次世界大戦に参戦したこともあり、海軍から50機の注文を得ることに成功します。この際社名をボーイング・エアプレーン社に改め、1929年にはプラット・アンド・ホイットニーやユナイテッド・エアクラフト・アンド・トランスポート社を設立。ボーイングの経営する企業は徐々に拡大していき、航空郵便の事業でも成功をおさめていきました。

1934年には独占禁止法により、ユナイテッド・エアクラフト・アンド・トランスポートはボーイング・エアプレーン社とユナイテッド・エアクラフト、そしてユナイテッド航空に分割されるも、その事業は現在にまで引き継がれています。

■引退後

(Public Domain/‘William E. Boeing and Fred Rentschler standing in front of an airplane, 1929’ by Unknown author. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ボーイングは1934年には航空事業から引退。晩年は不動産開発や馬の繁殖などに携わったものの、1956年にはヨット中に心臓発作で死去。74歳の生涯を閉じることとなります。その遺灰はカナダブリティッシュ・コロンビアのヨット場に流され、1966年には生前の功績から航空の殿堂に列せられました。

■ボーイングが経営した企業

ボーイングが創設した企業としてはボーイング社が一番有名ですが、ボーイングは航空事業を拡大するにあたってさまざまな企業を設立し、多角的な運営を目指しました。そんなボーイングが関わった企業について詳しく解説していきます。

・ボーイング社 1916年設立

ボーイング社は1916年アメリカ合衆国海軍技師ジョージ・コンラッド・ウェスターバレットとボーイングによって設立された企業で、当初は彼らの頭文字をとって「B&W」と名付けられました。その後すぐに「パシフィック・アエロ・プロダクツ」に変更されたのち、1917年には「ボーイング・エアプレーン社」に改名することになります。

初期のボーイング社が大きく勢力を伸ばしたきっかけは、第一次世界大戦でした。海軍パイロット養成用に双フロート複葉単発の練習機モデルCが採用されたことにより、同社は約700機を開発。一躍航空機メーカーとしての地位を築くことになります。

第一次世界大戦後は軍用機の需要が亡くなったものの、民間輸送が未発達であったこともあり、モデルCの最終生産機C-700を使って国際航空郵便の輸送を開始。航空輸送はボーイング社の一大事業となっていきました。

1941年にはアメリカが第二次世界大戦に参戦したことにより需要が急増し、アメリカ陸軍航空軍とアメリカ海軍の初頭練習機として10000機以上を納品。それに加えてヨーロッパ戦線におけるアメリカの主力爆撃機としてB-17を大量生産。B-17は大量の爆弾を搭載し、長距離を移動できる大型爆撃機であったため、戦略爆撃機の製造メーカーとしてボーイングは名を馳せることとなりました。

戦後はボーイング707が長距離国際専用に使用されることとなり、一般人の海外旅行を身近なものにすることに成功。また小型の短距離機ボーイング737を開発したことにより、航空輸送のジェット化を推し進めていきました。

その一方で宇宙船や宇宙機器の研究開発など次世代の航空機器の開発にも取り組んでおり、世界の航空宇宙機器業界をリードする企業と言えます。

・ユナイテッド・テクノロジーズ 1929年設立

ユナイテッド・テクノロジーズは1929年にボーイングやプラット・アンド・ホイットニー・エアクラフトなど数社が統合して設立されたユナイテッド・エアクラフト・アンド・トランスポートから設立された企業で、1934年に反トラスト法によりボーイングやユナイテッド航空と分割されユナイテッド・クラフトになったのち、1975年ユナイテッド・テクノロジーズとなりました。

ガスタービンエンジンやロケットエンジンの設計や製造、また小型航空機エンジンの設計・製造、サポート業務などを行っていたものの、2020年4月3日には事業再編により空調事業キャリアとエレベータ事業オーチスが独立。航空宇宙事業はレイセオンと経営統合し、ユナイテッド・テクノロジーズはレイセオン・テクノロジーズに社名変更されました。

いわゆるコングロマリット的な経営を行っていた企業であり、航空機のエンジンや宇宙産業、防火・消化製品およびセキュリティサービスなど多様な事業の展開を行っていたことで知られています。その後事業はキャリアやオーチス、ロケットダインなどに引き継がれ、グローバル展開を行っています。

■おわりに

ウィリアム・ボーイングは材木業界から身を立て、たまたま旅行で訪れたシアトルで飛行機を目にしたことをきっかけに航空業界に飛び込み、ボーイング社を世界的な展開にまで導いた人物です。ボーイングの事業成功のきっかけは戦争という大きな需要をつかんだこと、そして航空郵便や一般旅客機など軍事産業にとどまらないさまざまな展開を進めていったことにあるといえるでしょう。

一目見て魅了された飛行機から世界的な企業にまでボーイング社を育て上げたウィリアム・ボーイング。その情熱はビジネスパーソンも学ぶべきところがあるといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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