エイドリアン・ライン:『運命の女』を手掛けた映画監督

※画像はイメージです

エイドリアン・ラインは1941年3月4日にイギリス、イングランドのケンブリッジシャーに生まれた映画監督です。テレビCMや短編映画の制作に携わっていたものの、1980年には映画監督デビュー。その後アカデミー監督賞にノミネートされるなど、イギリスを代表する映画監督の一人に数えられています。そんなエイドリアン・ラインの人生と作品について詳しく解説していきましょう。

■エイドリアン・ラインとは

※イングランドのケンブリッジジャー、ピーターバラの街並み

エイドリアン・ラインは1941年3月4日にイギリス、イングランドのケンブリッジシャーに生まれました。学生時代から熱心な映画監督であったラインは、大学卒業後に広告代理店での勤務を経て、テレビCM制作会社を設立します。CMや短編映画を制作していたものの、1980年には長編映画監督でデビュー。以降は、映画制作を重点的に行っていくことになりました。

その後も、『ナインハーフ』や『危険な情事』などの作品を制作。特に『危険な情事』では、アカデミー監督賞にノミネートされ、大きな話題となりました。

■エイドリアン・ラインの作品

エイドリアン・ラインの作品は、光と影のコントラストからなる独特の演出方法が大きな特徴に挙げられるでしょう。ラインはテーマとして性や男女の問題など、生々しいものを扱うことが多いものの、そうした演出方法をとることで映像美が際立つ作品に仕上げています。

そんなエイドリアン・ラインの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『フォクシー・レディ』 1980年

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本作品は1980年に制作された作品で、ラインの監督デビュー作にあたります。

舞台は南カリフォルニア、サンフェルナンド・バレー。16歳の少女ジニーは3人の仲間アニー、マッジ、ディアドルと共に生活していたものの、実は4人とも家庭に問題を抱えており、4人ならば幸せな生活を送ることができると考えていました。

そんなある日、アニーの父親は娘の麻薬中毒を重く見て入院させようとするものの、アニーは逃亡。ジニーたちはアニーを探し回り、ストリート・ギャングと共に居たところを何とか救出し、アニーは病院に収容されることとなります。

それからしばらく経ち、マッジのボーイフレンドであるジェイの家を借りてパーティーが行われるものの、招かれなかった不良グループが乱入し、会場は大混乱。さらに、アニーが病院から脱走し、その際に交通事故で亡くなってしまいます。この出来事により、固い絆で結ばれた少女たちの関係には深い溝が作り出されてしまうのでした。

・『フラッシュダンス』 1983年

本作品は1983年にドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマーと共同制作した作品。1983年にはアメリカ国内で興行成績第3位、また世界では1億ドル以上の興行成績となり、大きな話題になりました。

舞台は、ピッツバーグ。プロのダンサーになることを夢見ながら、昼は製鉄所で溶接工、夜はキャバレーでダンサーをしながら働く18歳のアレックスは、倉庫を改装した家で犬のグランと共に生活していました。アレックスは天涯孤独であったものの、同僚のジェニーやジェニーの恋人でコメディアン志望の料理人リッチーという友人たちに恵まれ、楽しい日々を過ごしていました。

とある日の夜、客の中にいた製鉄所の社長ニック・ハーレイは、アレックスが従業員の一人であることに気が付き、仕事中に彼女にアプローチしたものの、それを拒否されてしまいます。さらには、近所のストリップ・クラブのジョニーは、アレックスをスカウトしようとしていました。

そんな中アレックスは、ピッツバーグのダンサー養成所のオーディションを受けようと願書用紙をもらいに行ったものの、他の応募者たちはバレエなどダンスの専門教育を受けてきた人ばかり。アレックスは自信を無くしてしまいます。そんなアレックスを周りの友人たちが励まし、ついにはオーディションで合格を勝ち取るのでした。

・『危険な情事』 1987年

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本作品は1987年に制作された作品。弁護士の男性と彼に付きまとう編集者の女性をめぐるサスペンスを描いています。第60回アカデミー賞で、6部門にノミネートされたことでも話題になりました。

ニューヨークで弁護士として働くダン・ギャラガーは、妻のベスと娘のエレンと幸せな日々を過ごしていました。そんなある日、ダンは妻と共に出席した出版社のパーティーで、新入り編集者のアレックスと出会います。その翌日、妻子が実家に戻っているのを良いことに、ダンはアレックスと週末を過ごし、一夜を共にしてしまいます。それはダンにとって一夜の遊びだったものの、アレックスは運命の出会いと思いこみ、ダンに付きまとい始めてしまうのでした。

・『ジェイコブス・ラダー』 1990年

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本作品は1990年に制作され、旧約聖書の「ヤコブの梯子」にヒントを得た作品です。

舞台は1971年、ベトナム戦争下のベトナム。ジェイコブ・シンガーは、仲間の兵士たちと寛いでいたものの、突然敵の接近を告げられ、銃撃戦に。仲間は次々と死亡し、ジャングルに飛び込んだジェイコブも何者かに腹部を刺されてしまいます。しかし次の瞬間、ジェイコブはニューヨークを走る地下鉄の車内で目を覚まし、悪夢を見ていたことに気が付くのでした。

その後、恋人のジェシーと生活を共にしながら、郵便局員として穏やかな生活を送っていました。しかし、徐々に奇妙な出来事が起こり始め、夜は悪夢にうなされるようになります。次第に現実への違和感を覚えるようになったジェイコブは、弁護士のギャリーに相談を持ち掛けるのでした。

・『幸福の条件』 1993年

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本作品は1993年に制作され、ジャック・エンゲルハードの同名小説を映画化した作品です。ロバート・レッドフォードやデミ・ムーア、ウディ・ハレルソンなど豪華な出演陣であったものの、その年のゴールデンラズベリー賞のほとんどの部門にノミネートされ、話題になりました。

建築家のデヴィッドとその妻・ダイアナは、大恋愛の末に結婚した仲の良い夫婦で、将来はデヴィッドが設計した家に住むという夢を持っていました。そのため、多額のローンを組んで土地を購入していたものの、不況の影響でデヴィッドが会社を解雇。せっかく購入した土地も、手放すことになってしまいます。

2人は、ラスベガスのカジノに最後の望みをかけるものの、全財産を喪失。しかし、そんな二人の前に現れたのは億万長者のジョンでした。ジョンは人妻であるダイアナに一目惚れし、もし一晩共に過ごしてくれるなら100万ドルを譲るという提案を持ち掛けます。夫婦は怒りをあらわにするものの、ついに申し出を受けることにするのでした。

■おわりに

エイドリアン・ラインは1941年イギリス・ケンブリッジシャーに生まれ、その独特な映像美で数多くのファンを抱える映画監督です。これを機に、ぜひラインの作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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