サム・ウォルトン:ウォルマートの創業者

サム・ウォルトンは1918年3月29日アメリカ合衆国オクラホマ州に生まれた実業家です。雑貨屋からアメリカ最大の小売店ウォルマートを創業したことでも有名です。そんなサム・ウォルトンについて詳しく解説していきます。

■サム・ウォルトンとは

※アメリカ合衆国オクラホマ州キングフィッシャー

サム・ウォルトンは1918年3月29日アメリカ合衆国オクラホマ州キングフィッシャーに生まれました。1923年まで両親と共に農場で暮らしていたものの、子どもたちを育てるのに十分ではなく、父トーマスは農場住宅ローンに加入。しかし大恐慌の際に農場を差し押さえられてしまい、オクラホマ州から引っ越すことになります。

ミズーリ州シェルビナの学校に通っていたウォルトンは、州史上最年少のイーグルスカウトになるなど優等生として知られていました。その後ミズーリ州コロンビアに引っ越した一家だったものの経済的に苦しいことには変わりなく、ウォルトンは家畜の乳牛から乳を搾り、余った分は瓶詰にして顧客に運び、また新聞配達をして家計を助けました。その活躍ぶりはヒックマン高校の卒業時に「万能ボーイ」と呼ばれるほどでした。

家族を支えるために大学に進学することを考えるようになったウォルトンは、ミズーリ大学経済学部に士官候補生として進学。1940年に学士号を取得して卒業すると、会社勤務を経て軍隊に入隊。1945年に除隊すると、アーカンソーの雑貨屋を購入しチェーン販売を展開していきました。

1954年には弟バドとともにウォルマートの原型ともいえるディスカントストアの「Walton’s」を開業し、アーカンソーとミズーリ、カンザスなどで16店舗を創業していきました。その事業規模から小売りチェーン業界で最大の企業家の一人と見なされるようになっていきました。

■ウォルマート創業

1962年にはアーカンソー州のロジャースにウォルマートを創業。アメリカ製の製品を販売することをポリシーとしていた他、大型店を中心とした田舎への出店やチェーンストアが地域を絞って集中的に出店するドミナント方式をいち早く導入し、全米最大の小売業となっていきました。

■ウォルトンの死

そうして世界最大の小売店ウォルマートを経営していたウォルトンでしたが、1992年4月5日には多発性骨髄腫で亡くなり、そのニュースは1960のすべてのウォルマートにアナウンスされました。当時ウォルトンの会社は1735のウォルマート、212のサムズクラブ、13のスーパーセンターから年間500億ドルもの売り上げを挙げていました。

ウォルトンはその所有権を妻と子どもたちに残し、長男のロブ・ウォルトンは会長職を引き継ぎ、ジョン・ウォルトンは社長として経営に尽力しました。またジム・ウォルトンはArvest Bankの会長を務めており、ウォルトン一家は2005年までアメリカでもっとも裕福な人々のトップ10で5人がランクインしていました。

■ウォルマートについて

ウォルマートはウォルトンが創業したディスカントストアから始まった世界最大のスーパーマーケットチェーンのことをさします。1962年にはウォルマートストア第1号店がオープンし、1969年にはウォルマート・ストアーズ・インクとして登記がなされたのち、ニューヨーク証券取引所に上場。世界15か国に進出し、事業展開しています。

ウォルマートが急激に成長したのは1960年から70年代のことであり、それはこのころ多くの街がウォルマートの新規出店を熱心に誘致したためでした。しかし警官や環境の悪化、ウォルマートの駐車場での強盗殺人事件が多発、また新しく作られる雇用が時給4ドルから7ドル、かつ医療保険もない低賃金であること、そして利益の多くはウォルマート本部に吸い上げられ地元を潤すことがないなどの問題が起きたため、ウォルマートがその後店舗数を増やすことはありませんでした。

加えて大きな問題となったのは、個人商店や地元資本の小型スーパーマーケットしかない街に進出し、安売りで地元の競合店を倒産・廃業に追い込んだ挙句、不採算を理由に撤退するといういわゆる「焼畑商業」を行ったため、徐々に地元経済からは敬遠されるようになっていきました。

加えて主に中国製の安価な輸入品を多く販売するため、アメリカの製造者団体から「自国の雇用をないがしろにしており、自社の利益向上のことしか考えていない」という批判を受けており、現在は積極的に自国製品を取り入れるという姿勢を見せています。

■ウォルトンと銃

創業者であるウォルトンが銃愛好家であり、銃器メーカーであるレミントン・アームズはウォルトンの名前にちなんだ猟銃の名前を採用したこともあるほどでした。そのためウォルマートの半数近くでは銃器を販売しており、長くアメリカ国内の銃器販売をリードしていきました。

しかし2018年にはフロリダ州の高校で銃の乱射事件が起き、銃規制強化を求める声が高まったこともあり、ウォルマートは火器販売ポリシーを変更。銃購入できる最低年齢を21歳に引き上げることとなりました。その後も2019年7月にはミシシッピ州の店舗で従業員が同僚2名を射殺する事件、次いで8月にはテキサス州の店舗内でエルパソ銃乱射事件が発生。この際にウォルマートも被害者であったものの、銃販売をする企業であったため批判を受けることになりました。こうした事件を受けてウォルマートはアメリカ国内の全店舗で拳銃や殺傷力の他界ライフル銃の弾薬の販売を停止すると発表。全米に大きな衝撃を与えました。

■おわりに

※画像はイメージです

「フォーブス」によって1985年から1988年まで世界一の富豪として紹介されたサム・ウォルトン。貧しい農場に生まれ、軍隊を経て雑貨屋から一大スーパーマーケット・チェーン「ウォルマート」を築き上げたことはアメリカンドリームの一つといえるでしょう。

しかしその一方で地域の経済を破壊したうえでの撤退、治安の悪化、低賃金の雇用などが批判されており、銃販売の姿勢についても非難を受けています。今後ウォルマートはどのような経営を目指すべきなのでしょうか。一族の総資産が8兆円にもおよぶウォルトン一族が今後どのように会社を経営していくのか、注目が集まります。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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