ジェイン・オースティン:『高慢と偏見』『エマ』を執筆した小説家

ジェイン・オースティンは1775年12月16日イングランドの南部ハンプシャーに生まれた小説家です。18世紀から19世紀イングランドにおける田舎の中流社会を舞台として女性の私生活や結婚をテーマとして小説を執筆したことで有名で、その作品は近代イギリス長編小説の代表作とされています。そんなジェイン・オースティンの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジェイン・オースティンとは

※イングランド南部ハンプシャー

ジェイン・オースティンは1775年12月16日イングランド南部ハンプシャーに生まれました。父ジョージ・オースティンは牧師を務めており、ジェインのほかに6人の兄弟と姉がいる大家族でもありました。1783年には姉カサンドラと共に知り合いの元に預けられ、オックスフォードやサウサンプトンで学んだ後、1785年からバークシャーのレディングにあるレディング修道院女子寄宿学校に進学。この際英訳された『若きウェルテルの悩み』などを読み、文学への親しみを深めていきました。

学校で文学に関心を持つようになったオースティンは、1789年には小説の原型を書き始めるようになり、1795年には『エレナとメアリアン』、その翌年には『第一印象』を執筆し、1797年には『分別と多感』を書き始め、出版社に出版の打診をする手紙を送ったものの、受け入れられることはありませんでした。

その後1901年父ジョージは長兄ジェームズに牧師職を譲り、一家は当時から有名な保養地であったバースに居を移すことになります。その際1902年にはハリス・ビッグ=ウィザーという人物からプロポーズされたものの、ジェインがそのプロポーズを受け入れることはありませんでした。

1809年には妻を亡くした三兄エドワードの薦めでチョートンに移り、1811年には『マンスフィールド・パーク』を執筆。また1813年には『高慢と偏見』など代表作を発表したもの、いずれも匿名での発表であり、オースティンの名前が知られることはありませんでした。

1816年になると体調を崩しがちになり、1817年には療養のためにハンプシャーのウィンチェスターに移ったものの、その2か月後7月18日に死去。43歳の生涯を閉じることになります。

■ジェイン・オースティンの作品と作風

ジェイン・オースティンの作品はすべて平凡な田舎の出来事を描いたものであり、いずれも名家の娘と牧師や軍人など紳士が紆余曲折を経て結婚して幸せになる、というストーリーが描かれています。しかしその中で人間性について徹底的に描きつくしており、心理写実主義の先駆者ともいわれています。

そんなジェイン・オースティンの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『分別と多感』 1811年

※画像はイメージです

本作品は1811年に出版された作品で、オースティンの作品としては初めて出版された作品にあたります。

ダッシュウッド家の主人は指定相続人である息子ジョンに後妻と腹違いの娘たちの面倒を見るようにと頼みながら亡くなったものの、ジョンは妻のファニーに言いくるめられダッシュウッド夫人とその娘たちはびた一文さえも援助を受けることができずにいました。やがてファニーの弟であるエドワードが同居し、長女のエリナーと恋仲になるものの、ファニーはそれさえも気に入らず、結局ダッシュウッド夫人と娘たちは従兄弟のサー・ミドルトンを頼ってバートン・コテージに引っ越すことになります。

・『高慢と偏見』 1813年

※画像はイメージです

本作は1813年に出版された作品で、18世紀末から19世紀初頭のイギリスの片田舎を舞台として、女性の結婚事情と恋のすれ違いを描いた作品であり、オースティンの作品の中でも傑作と名高い作品です。

田舎町ロンボーンのベネット家は女ばかりの5人姉妹であり、父親のベネット氏が亡くなれば家も土地も遠縁の従妹のもとにわたってしまうこともあり、母親のベネット夫人は娘に金持ちの婿を取らせようと躍起になっていました。

そんな折、街に資産家のビンクリーやってきたことでベネット夫人は色めき立ち、早速娘を引き合わせようと舞踏会の約束を取り付けます。長女ジェーンはあまりよくない印象を抱き、また次女エリザベスはビングリーの友人で気難しいダーシーが自分のことを軽んじる発言を着てしまい、その高慢さに反感を抱いていました。その一方でダーシーはエリザベスに惹かれつつあったものの、プライドの高さから格下の家出身であるエリザベスとは打ち解けられずにいました。

・『マンスフィールド・パーク』 1811年-1813年

※画像はイメージです

本作は1811年から1813年の間に執筆された作品で、自分の意見を主張する女性が主人公であることが多いオースティンの作品としては珍しく内気な少女を主人公としている作品です。

美人三姉妹で知られるプライス姉妹の次女マライアは、マンスフィールド・パークの主人である準男爵で裕福な地主のバートラム卿に見初められ結婚。また長女もバートラム卿の友人と結婚して裕福な生活を送っていたものの、三女のファニーは身分違いの貧乏な結婚をしていたため、一家から責め立てられた挙句絶縁状態にありました。

しかし貧乏で子だくさん、かつ経済的にも厳しかったことから恥を忍んで姉夫妻に援助を申し込み、長男ウィリアムはバートラム卿の後見を得て海軍に入り、長女ファニーはバートラム夫妻に引き取られることになります。バートラム卿は自分の息子たちがファニーと恋仲になってしまうのではないかと心配するものの、兄弟同然に育てれば問題ないとノリス夫人は説得するのでした。

そうしてバートラム夫妻に引き取られたファニーは引っ込み思案であり、その謙虚な姿からバートラム夫妻はもちろん従兄妹たちにも受け入れられるようになっていました。そしてその中でも次男のエドマンドはファニーのことを真に考えて親切に接してくれるのでした。

■おわりに

ジェイン・オースティンは1775年12月16日イングランド南部ハンプシャーに生まれた小説家で、『高慢と偏見』『マンスフィールド・パーク』などの作品を執筆したことで知られています。そのどれもが田舎町における名家の女性と紳士が結婚に至るさまを描いたものであるのにも関わらず、その人物描写や心理描写は極めて優れたものであり、近代イギリス小説の頂点と見なされています。

現代にいたってもたびたび映画化・舞台化されているオースティンの作品。ぜひこれを機にジェイン・オースティンの作品を読んでみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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