ジェームズ・グレアム・バラード:『クラッシュ』『太陽の帝国』を執筆した小説家

※画像はイメージです。

ジェームズ・グレアム・バラードは1930年11月15日中華民国に生まれた小説家です。『クラッシュ』や『太陽の帝国』などをはじめとしてSF小説を執筆したことで知られており、その作品はいわゆる「ニュー・ウェーブ」のひとつに数えられています。そんなジェームズ・グレアム・バラードの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジェームズ・グレアム・バラードとは

※現代の中国・上海の街並み

ジェームズ・グレアム・バラードは1930年11月15日中華民国時代の上海に生まれました。父ジェームズはマンチェスターに本社を置く繊維会社の化学者であり、当時子会社の最高経営者を務めていました。そのため一家は比較的裕福な生活を送っていたものの、日中戦争により上海が占領されたことでバラードは家族と共にルンファ市民集会センターに送られてしまいます。この時の出来事はのちに小説『太陽の帝国』としてまとめられることになります。

戦後単身でイギリスにわたり、祖父母に育てられることになったものの、母国イギリスはバラードにとって「話を本でしか知らなかった」場所であり、大きなカルチャーショックを受けることになります。その後ケンブリッジ大学キングズ・カレッジに入学。医学を学ぶものの、途中でロンドン大学クイーン・メアリー・カレッジに移り文学を専攻。しかしクイーン・メアリー・カレッジもまた中退し、広告代理店のコピーライターや百科事典の販売の仕事に携わるようになっていきました。

その後イギリス空軍に入隊し、王立カナダ空軍基地で訓練を受けたのち、イギリス空軍ハイ・ワイコム基地に戻り、除隊。その際SFに関心を持ち、帰国後はコピーライターや雑誌編集者の仕事をしながらSF創作を続けていきました。

1956年には『サイエンス・ファンタジー』誌より『プリマ・ベラドンナ』でデビュー。60年代になると『ニュワールズ』誌を中心に現実と異なる世界を推測して描くいわゆるスペキュレティブ・フィクションの作品を多く執筆し、「ニュー・ウェーブ」運動を提唱していきました。その後『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』からなる「破滅三部作」を発表。また70年代には「テクノロジー三部作」を発表し、SF小説に新しい概念をもたらしていきました。

そうして執筆に励んでいったバラードだったものの、前立腺がんによる長年の闘病により2009年に他界。78歳の生涯を閉じることとなります。

■ジェームズ・グレアム・バラードの作品

※画像はイメージです。

バラードはシュール・レアリスム絵画の愛好家であり、SF小説においてもバラードはその文体をまるでオブジェを描くかのように執筆してきました。そうした独特の世界観はSF小説に新しい表現を提唱することになりました。

そんなジェームズ・グレアム・バラードの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『太陽の帝国』 1984年

※画像はイメージです。

本作は1984年に発表された作品で、のちに1987年スティーブン・スピルバーグによって映画化されたことでも話題になった作品です。のちにイギリスでブッカー賞候補、またジェイムズ・テイト・ブラック記念賞を受賞しました。

日中戦争の上海。イギリス租界に育ったイギリス人少年ジェイミーは、日々穏やかな日々を送っていました。しかし1941年マレー作戦を皮切りに日本とイギリスの間でも開戦となったことをきっかけに日本軍が上海に上陸。イギリス租界は制圧され、その際の混乱の中でジェイミーは両親とはぐれてしまいます。一人ぼっちになったジェイミーは中国人少年に追い回されたものの、アメリカ人のベイジーに助けられどうにか生き延びていきます。

しかし結局日本軍にとらえられ、捕虜収容所、そして蘇州の収容所に送られることになってしまいます。その生活は飢えや病気、戦争への恐怖など幼いジェイミーにとってはひどいものでしたが、その運命に立ち向かい、健気に生き抜いていこうとします。

・『ハイ・ライズ』 1975年

※画像はイメージです。

本作は1975年に執筆された作品で、2015年には映画化されたことでも話題になった作品です。

大学の生理学部で教鞭をとる医師のロバート・ラング。彼が引っ越してきた40階建ての高層ビルはジムやスパ、プールにスーパーマーケットなど生活に必要なあらゆる施設がもうけられており、上層階に暮らしているものは快適な生活を享受していたものの、下層階に住むものは不満を募らせていました。25階に住むラングはそんな環境に戸惑いながらも住民たちと交流していくことになります。

最上階に住むロイヤルの部屋に招かれたラングはすぐに彼と打ち解け、また26階に息子のトビーとともに住むシャーロット・メルヴィルとは男女の仲になるほどに。またその後シャーロットの部屋で開催されたパーティーでラングは3階に住むドキュメンタリー監督のワイルダーとも知り合ったものの、ワイルダーは既婚者であるにもかかわらず、シャーロットを口説き落とそうとしていました。

しかし徐々に高層ビルでは停電や断水が頻繁に起こるようになり、不満を募らせた住民たちの間でセックスや暴力が横行するようになっていきました。そしてラングが引っ越してから3カ月たつと少なくない数の住民たちの死体がそこらじゅうに転がり、高層ビルは廃墟と化していました。そんな状況を見て満ち足りた顔つきのラングはシャーロットとベッドに横たわり、マーガレット・サッチャーの演説を聞きながらひと時を過ごすのでした。

■おわりに

ジェームズ・グレアム・バラードは1930年11月15日中華民国時代の上海に生まれた小説家で、ニュー・ウェーブの作家のひとりとして新しいSF小説を発表していった人物です。その作品はバラード自身がシュール・レアリスムの愛好家であることに影響を受けており、特に「オブジェ」を描くかのように不思議な物語が展開していきます。

こうしたバラードの作品はそれまで異星人との出会いや争いといった物語を描くことがほとんどだったSF小説界に大きな衝撃をもたらし、その後の若手小説家たちは新しい境地を見出していくこととなりました。バラードは2009年に78歳の生涯を閉じることとなりますが、その作品は読み継がれ続けており、SF作品の金字塔になっています。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧