ジェームズ・マシュー・バリー:『ピーターパン』の作者

ジェームズ・マシュー・バリーは1860年5月9日スコットランド・アンガスに生まれた小説家です。ルウェイン・ディビス家の息子たちを知り合ったことでおとぎ話を執筆するようになり、『ピーターパン』をはじめとしたバリーの児童文学は大ベストセラーになりました。そんなジェームズ・マシュー・バリーの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジェームズ・マシュー・バリーとは

※スコットランドのアンガス

ジェームズ・マシュー・バリーは1860年5月9日スコットランドのアンガスに生まれました。父親は織物工で、バリーは10人兄弟の9番目として育てられました。幼いころから文学に親しみ『ロビンソン・クルーソー』や『天路歴程』などを愛読していたほか、自分で物語を創造することも楽しむようになっていました。

8歳になると兄アレクサンダーと姉メリーアンが教師を務めるグラスゴー・アカデミーでの仕事を手伝うために家を出たものの、10歳で家に戻りフォーファー・アカデミーに通学。14歳のときにはダンフリーズ・アカデミーに進学のために家を出て、再び兄姉と暮らし始めるのでした。このころバリーは読書をする機会に恵まれており、ジェイムズ・フェニモア・クーパーやバランタインの作品を読みふけったと言われています。

こうした物語好きの性格からバリーは作家になりたいと希望していたものの、家族は牧師などの職業に就くことを望んでおり、仲裁に入ったアレクサンダーの助言によりエディンバラ大学で文学を専攻することになります。1882年には文学修士を取得して卒業。その後『ノッティンガム・ジャーナル』のジャーナリストとして働くことになり、その後故郷に戻っては『セント・ジェームズ・ガゼット』紙に創作を寄稿しています。この作品は編集者の気に入られることとなり、のちにシリーズ化されました。

その後バリーは舞台への関心を高めるようになり、詩人リチャード・サヴェイジの伝記を元に脚本を執筆。上演にはこぎつけたものの、批評家に酷評されたため1度きりの上演となってしまいます。しかしその後もヘンリック・イプセンの『幽霊』のパロディ作品『イプセンの幽霊』を執筆すると大きな話題となっていきました。

『イプセンの幽霊』はロンドンのトゥールズ・シアターで上映され、その際イプセンの作品を英語に翻訳していたウィリアム・アーチャーが観劇して気に入ったことにより、バリーは脚本三作目となる『Walker, London』を執筆。この際に知り合った女優メアリー・アンセルとバリーはのちに結婚することになります。

その後バリーは立て続けにヒットを重ね、戦地から戻ったかつての恋人を姪と取り合う女性を描いた『クオリティ通り』や貴族と使用人たちが無人島にたどり着き立場が逆転するという演出で話題になった『あっぱれクライトン』などは特に大ヒットとなりました。1902年にはバリー最大のヒット作となる『ピーターパンあるいは大人になりたがらない少年』が初演され、バリーはヴィクトリア朝を代表する劇作家としての地位を確立していきました。

そうして執筆に没頭していったバリーだったものの、1937年6月13日には肺炎で死去。その亡骸は両親のとなりに埋葬されました。

■ジェームズ・マシュー・バリーの作品

※画像はイメージです

ジェームズ・マシュー・バリーの作品は、何といっても『ピーターパン』が有名で児童文学の著者として知られていますが、バリー自身は自身の信念や社会問題を扱う作品を執筆していました。『あっぱれクライトン』や離婚した妻が同僚となり収入を得ていく姿を描いた『十二磅の目つき』などはそうした作品であり、バリー自身は物語を通して人々に問題意識を投げかけていたのかもしれません。

そんなジェームズ・マシュー・バリーの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『ピーターパン』 1928年

※画像はイメージです

本作は1928年に発表された戯曲で、バリーの代表作となった作品です。

ロンドンに住むダーリング家のウェンディは弟ジョンとマイケル、そして父のジョージと母親のメアリーと共に幸せに暮らしていました。ある夜メアリーは子どもたちが眠っている部屋に見知らぬ男の子が入り込んでいるのを見つけ、その男の子が自分が小さいころによく話を聞いていた物語の主人公「ピーターパン」であると悟ります。ピーターパンは犬のナナにほえられたため窓から逃げて行ってしまったものの、その影だけはナナに咥えられたままだったので、メアリーはその影を丸めてタンスにしまっておくのでした。

その後ちょっとした出来事で怒り出したジョージは、ナナを無理やり庭へ連れ出し鎖でつないでしまいます。ピーターパンが自分の影を取り戻すために子供部屋に忍び込んだのはその日の夜でした。ピーターパンはタンスの中に影を見つけせっけんを使って自分の足に付けようとしたものの、影は全くつかず、しまいにピーターは泣き出してしまいます。

その泣き声に気が付いたウェンディは目を覚まし、ピーターパンと自己紹介をしたのち、お母さん気取りで裁縫道具を取り出すとピーターパンの影に縫い付けてあげるのでした。喜んだピーターパンは大人になるのが嫌で生まれたその日に家出したこと、赤ん坊の時に乳母車から落ちて迷子になった男たちと暮らしていること説明し、ウェンディにその子たちのお母さんになってほしいとお願いするのでした。

最初は迷っていたウェンディだったものの、ネバーランドの話を聞くうちに心惹かれるようになり、ついには幼いジョージとマイケルと共に旅立つことになります。そこには美しい人魚や妖精、赤ら顔のインディアンなどユニークな人々が現れるのでした。

・『クオリティ通り』 1901年

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本作は1901年に発表された作品であり、のちに1937年には映画化されたことでも話題になった作品です。

1805年のイギリス。バレンタイン・ブラウン博士から大切な話があるといわれたフィービー・スロッセルはプロポーズされるのではと色めき立ちます。しかし博士はナポレオン戦争に従軍することになり、話はうやむやに。その後博士は帰国するものの、フィービーは若い姪と博士を取り合うことになるのでした。

■おわりに

ジェームズ・マシュー・バリーは1860年5月9日にスコットランド、アンガスに生まれた小説家です。特に『ピーターパン』を執筆したことでよく知られており、そのほかにも社会問題を投げかける作品を数多く執筆しました。子ども向けと思われがちな『ピーターパン』ですが、実は大人になってから読み進めてみるとまた違った面白みがある作品でもあります。これを機に、『ピーターパン』を読み直してみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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