シェルドン・アデルソン:ラスベガス・サンズの会長

シェルドン・アデルソンは1933年8月4日にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンに生まれた企業家です。ボストンの貧しい移民の家庭に生まれたものの、不動産開発においてビジネスの才覚を発揮し、アメリカ屈指の富豪になっていきました。そんなシェルドン・アデルソンについて詳しく解説していきます。

■シェルドン・アデルソンとは

※マサチューセッツ州ボストン

シェルドン・アデルソンは1933年8月4日、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンに生まれました。父方はウクライナとリトアニア系の移民であり、母もイギリスからの移民という家庭でした。貧しかった一家を支えるべく、12歳の頃には叔父から200ドルを借りて新聞紙を売るライセンスを購入し、16歳のときにはキャンディー自動販売機のビジネスを開始。また裁判所速記官になるために商業学校に入学し、陸軍にも入隊しています。

陸軍除隊後は系商品キットを販売するビジネスを始め、さらには氷塊スプレーを販売、また1960年代にはチャーターツアーのビジネスをはじめ、百万長者になっていきました。

■アデルソンのビジネス

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アデルソンはこうして50以上のビジネスを立ち上げたのち、コンピュータ関連の展示会COMDEXを設立。また不動産開発会社サンズ・カジノを設立し、一躍億万長者への階段を駆け上がっていきました。以下ではそんなアデルソンのビジネスについて詳しく解説していきます。

・COMDEX 1979年

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COMDEXは1979年から2003年まで毎年11月ラスベガスで開催されていたコンピュータ関連の展示会で、他の業界を含めても最大級の見本市でもありました。1979年にMGMグランドホテルで開催され、2010年には仮想空間での展示会という形で復活しています。

もともとCOMDEXはコンピュータ業界関係者だけの展示会だったものの、やがて本体メーカーや周辺機器メーカー、ソフトウェア、アクセサリなどの関連業者が集まるようになり、商談のきっかけが生まれる場所となっていきました。徐々にCOMDEXがコンピュータ業界で認知されるようになっていくと、COMDEXで基調講演を行うことは一種の名誉と見なされるようになっていきました。

1980年代後半になるとCOMDEXは業界関係者以外にも公開されるようになり、参加者数は爆発的に増加。しかしその一方で専門性が薄れていき、かつ出店費用や宿泊費がかさむことも問題視されるようになっていきました。

こうした状況を見て主催者側はメディア関係者の入場制限を行うことを発表。しかし世界中のメディア関係者がこの対応を不満に感じ、また電気機器の見本市CESの重要性が高くなっていったことから、2000年に入るとIBM、アップルコンピュータ、コンパックなどが出店を見合わせるようになっていきました。

徐々にCOMDEXは衰退していき、2004年のラスベガスでの開催をもって中止することが発表。その後消滅状態だったものの、2010年に仮想空間でのコンベンションイベントとして復活させる方針を明らかにし、「COMDEX virtual」と名付けられ毎年11月に開催されています。

・ラスベガス・サンズ 1988年

ラスベガス・サンズは1988年に設立された統合型リゾート運営会社であり、全世界にリゾート施設を有する企業です。

1988年にアデルソンはサンズ・ホテルを買収し、サンズ・エキスポ・アンド・コンベンション・センターを建設。1991年には巨大リゾートホテルの構想を抱くようになり、ホテルを取り壊したのち1.5億ドルをかけてヴェネツィアをテーマとしたカジノ・リゾート「ザ・ベネチアン」を建設しました。1995年5月3日に開業したザ・ベネチアンはラスベガスを代表する大型リゾートとなり、2003年には1,013室のスイートルームを持つ別館ベネチア・タワーが開業。また18件のレストラン、ゴンドラの行き来する運河を併設したショッピングモールも建設され、一大リゾート地になっていきました。

1999年にはポルトガル領であったマカオに巨大リゾート施設を作り上げるプロジェクトを立ち上げ、2004年には100万平方メートルの広さをもつサンズ・マカオが開業。また外資参入が解禁された中国マカオにおいて、最初のラスベガス的なカジノとなったことでも話題になりました。サンズ・マカオ開業のためアデルソンは2億5600万ドルを費やしたといわれているものの、サンズ・マカオは好調な売り上げを遂げ、最初の投資額を1年で回収。またアデルソンの資産は14倍にもなっていました。

2006年5月にはシンガポールのマリーナ・ベイにカジノ・リゾートを建設する許可を得て、2010年に5.5億ドルを費やした新しいカジノ「マリーナ・ベイ・サンズ」が開業。ショッピングモールやコンベンション・センター、複合プールにナイトクラブなどが設置され、シンガポール有数のリゾート地となりました。

■政治活動

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アデルソンはこうしたビジネスの一方で、父方がユダヤ系ということもあってか、シオニストとして活動してきました。北米のシオニスト組織「バースライト・イスラエル」には2006年3,000万ドルを、イスラエル建国70年にあたる2018年には7,000万ドルを寄付しており、アメリカの代表的なシオニストとして知られています。

こうした活動の一環として、2007年にはイスラエルの新聞社マアリブの買収を試みるも失敗。このころアデルソンは無料の日刊新聞を発行するという希望を持っており、2007年7月30日にイスラエル・ハヨムを発行。そののち2014年3月31日には保守系新聞Makor Rishonを買収する許可をエルサレムの裁判所から得たと発表しました。

■慈善活動

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またアデルソンはアデルソン財団を設立し、さまざまな慈善活動を行っていることでも知られています。高校を建設するための資金として2,500万ドル以上を寄付し、また2006年にはヤドヴァシェムのホロコースト記念機関に2,500万ドルを寄付しました。2007年にはイスラエルへのユダヤ人の若者が旅行を促進するバースライト・イスラエルに年間1億4000万ドルを寄付しており、2014年にはイスラエル国防軍の友に500万ドルを寄付しました。

こうした活動はユダヤ人コミュニティの中でも高く評価されており、ユダヤ人の生活に影響を与えた慈善家として高い注目を集めています。

■おわりに

シェルドン・アデルソンは1933年8月4日にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンに生まれ、数々の事業を起こしたのち、ラスベガス・サンズで億万長者となった人物です。世界各地にサンズ・リゾートを展開する一方、自らのユダヤ系の出自もあってシオニストとしての活動に邁進しており、アメリカ大統領選にも影響を与えたといわれています。

既に80歳を超えたアデルソンですが、今後どのような活動を行っていくのでしょうか。今後が期待されます。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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