ジャン・ユスターシュ:ポスト・ヌーヴェルヴァーグの旗手

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ジャン・ユスターシュは1938年11月30日フランス、ジロンド県ペサックに生まれた映画監督です。1960年代からヌーヴェル・ヴァーグの映画監督たちと交流し始め、その才能が開花。ポスト・ヌーヴェルヴァーグの旗手として高く評価されていきました。そんなジャン・ユスターシュの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジャン・ユスターシュとは

※フランス、ジロンド県ペサック

ジャン・ユスターシュは1938年11月30日フランス、ジロンド県ペサックに生まれました。オード県ナルボンヌで幼少期を過ごしたのち、1958年にはパリに状況。シネマテークに通い始め、徐々に映画に関心を持つようになっていきました。1960年代始めにはヌーヴェル・ヴァーグの映画監督たちの元に足しげく通うようになり、批評家としてキャリアを開始。1962年にはポール・ヴェキアリ監督の短編の助監督も担当しました。

その後『わるい仲間』や『ペサックの薔薇の乙女』を制作したのち、1973年には長編劇映画第一作となる『ママと娼婦』を制作。同作はカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞するも、同作は反時代的な作風であったことから観客からブーイングが絶えず、論争の的となりました。

それからも精力的に制作活動に取り組んでいたものの、43歳の誕生日を控えた1981年11月4日にパリの自室で自殺。その短い生涯を終えることになります。

■ジャン・ユスターシュの作品

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ジャン・ユスターシュの作品ではさまざまな映画文法が実験的に行われているのが特長で、その中には劇映画と記録映画の境界についての考察や、リュミエール兄弟についての言及など、映画の根幹的な問題を論じている点が特にユスターシュ作品の特長といえるでしょう。

そんなジャン・ユスターシュの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品についてご紹介します。

・『ママと娼婦』 1973年

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本作品は1973年に制作された作品で、無為な生活を送る男と3人の女をめぐって繰り広げられる男女関係の修羅場を描いた作品です。同作はカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞し、フランス映画史上伝説とまで称されています。

アレクサンドルは定職もなく、ブティックを経営する年上のマリーのヒモとして生活していました。ある朝元婚約者の細菌学教師シルベルトを学校の前で待ち伏せしたアレクサンドルは、愛を告白。しかしその生き方が理解できないシルベルトからは拒絶されてしまいます。アレクサンドルは次にカフェで出会ったヴェロニカの電話番号を聞き出し、帰宅。家でアレクサンドルはマリーにシルベルトにふられ、ヴェロニカに会ったことを話します。

それからヴェロニカに電話し会う約束をしたアレクサンドルだったものの、彼女は現れず、偶然通りがかったシルベルトから別の婚約者と結婚する決意を固めたと告げられてしまいます。そんな状況にもめげないアレクサンドルはヴェロニカを呼び出し、徐々に親しくなっていきました。

ヴェロニカは病院の麻酔助手で、行きずりの男たちと身体を交えていたものの、徐々にそんな生活に虚無感を感じるようになっていました。アレクサンドルはそんなヴェロニカにとって特別な存在になりつつあり、アレクサンドルもまたヴェロニカを愛しく思うようになっていました。マリーはアレクサンドルがヴェロニカに会っていることを知っているものの、嫌味を言うだけで、ロンドン出張の際には部屋を自由にさせるなど寛大なものでした。

ある夜酔っぱらったヴェロニカが2人の部屋を訪れ、裸になって2人のベッドにもぐりこむという珍事件が発生。またマリーがホームパーティーにフィリップという男性を招いたと聞いて怒りに我を忘れたアレクサンドルをヴェロニカがなだめたこともあり、徐々に3人の関係は親密なものになっていきました。

それから数日たった夜、ヴェロニカはワインに酔った勢いでアレクサンドルとマリーのふたりを深く愛していること、今まで多くの男と寝たことはまるで無意味だったこと、そして初めて愛した男はアレクサンドルだったことなどを延々と語り始め、アレクサンドルは唖然。そんな2人をマリーは追い出し、エディット・ピアフの「恋人たち」のレコードにじっと聞き入るのでした。

・『わるい仲間』 1963年

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本作品は1963年に制作された作品で、パリの若者ダニエルとジャクソンを主人公に若者たちの姿を描いた作品です。

本作品では照明はほとんど使わず、16ミリカメラ1台きりで撮影。またセリフはアフレコで入れるなど、新しい映画技術が用いられており、「カイエ・デュ・シネマ」の仲間たちにユスターシュの才能を認めさせるきっかけとなりました。

・『サンタクロースの目は青い』 1963年

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本作品は1963年に制作された作品で、ユスターシュが思春期を過ごした町ナルボンヌを舞台に取り上げた青春ドラマです。

金のない青年ダニエルの望みは、ただひとつ、ダッフルコートを買うことでした。クリスマスまであと2日と迫ったある日、ダニエルはサンタクロースの格好で通行人と写真を撮るアルバイトを始めることになりますが、そんなダニエルには思いがけない結末が待っていました。

・『不愉快な話』 1977年

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本作品は1977年に制作された作品で、ドキュメンタリーとフィクションの境目を探る作品として大きな話題となった作品です。第1部は35ミリで撮影され、第2部はドキュメンタリー作品として撮影されました。

パリのカフェのトイレに開けられた穴から、女性を盗み見ることにとりつかれた男。そんな男についてのモノローグが語られ、すると同じ話を別の男が語り始めます。

■おわりに

ジャン・ユスターシュは1938年11月30日フランス、ジロンド県ペサックに生まれ、ポスト・ヌーヴェルヴァーグの旗手として高く評価された人物です。その作品は記録映画と劇映画の境界線を探るもの、二部構成で撮影したものなどさまざまな実験的な映画文法が用いられており、まさにフランス映画を牽引した人物といえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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