ジョージ・エリオット:『アダム・ビード』『ミドルマーチ』を執筆した女性作家

ジョージ・エリオットは1819年11月22日イングランドのウォリックシャーに生まれた小説家です。ヴィクトリア朝を代表する作家の一人であり、その作品は現代でも高く評価され続けています。そんなジョージ・エリオットの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジョージ・エリオットとは

※イングランドのウォリックシャー

ジョージ・エリオットは1819年11月22日イングランドのウォリックシャーに生まれました。1832年にはバプテスト派の学校に入学するものの、翌年母が他界したことにより学校を退学。以降は家庭で古典や外国語を学んでいきました。22歳のときには父と共にカヴェントリー近郊に移り、その際哲学者として知られるチャールズ・ブレイと交流するようになっていきました。

1849年には父の葬式を済ませたのちにブレイ夫妻とともにヨーロッパ大陸旅行に旅立つことになり、夫婦と共にスイスに滞在。その後1850年には帰国し、『ウェストミンスター・レビュー』の副主筆となったことでロンドンに移り住むことになります。

1854年にはフォイエルバッハの『キリスト教の本質』を翻訳出版し、また1857年には男性名のペンネーム「ジョージ・エリオット」で初の小説となる『エイモス・バートン』を発表。さらには1859年に初の長編『アダム・ビード』を発表し、徐々にその名声を高めていきました。

1878年には妻子アルミだったものの、20年間恋愛関係にあったジョージ・ヘンリー・ルイ―スが死去。その2年後に自分より20歳年下の青年実業家ジョン・ウォルター・クロスと結婚したものの、7か月後にエリオット自身もその生涯を閉じることとなります。

■ジョージ・エリオットの作品と作風

ジョージ・エリオットの作品の特長は、心理的洞察と写実性に優れている点と言えます。こうした点はのちのヴァージニア・ウルフによって称賛され、後世の小説家たちに大きな影響を与えることになりました。

そんなジョージ・エリオットの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『アダム・ビード』 1859年

※画像はイメージです

本作は1859年に出版された作品で、ジョージ・エリオット初の作品となった小説です。19世紀の英文学研究において頻繁に用いられる題材であり、イギリス文学を代表する作品の一つに数えられています。

地元で大工として働くアダムはその誠実さと知性で人望を集める人物でした。そんなアダムはヘッティという女性に恋をしていたものの、ヘッティ自身は地元の有力者の孫であるアーサーに恋をしていました。アダムはその間に入ろうとし、アダムとアーサーは争うことになってしまいます。アーサーはヘッティをあきらめることに同意し、民兵として町を離れることになります。

ヘッティはアダムと結婚することに同意したものの、結婚の直前に妊娠していることが発覚。ヘッティは必死にアーサーを探しに行ったものの、見つけることはできず、手助けしてくれた女性の手を借りて何とか子どもを産み落とすのでした。ヘッティは子どもを畑に捨てたものの、子どもの叫びに耐えることができず、現場に戻ったところで町の人々に捕まってしまいます。ヘッティは有罪となり絞首刑を宣告されたものの、公開したアーサーが奔走したことにより減刑となり、オーストラリアに流刑されることになります。そんな中アダムはメゾジストの女説教師ダイナと結婚し、穏やかな日々を送ることになるのでした。

・『ミドルマーチ』 1871年-1872年

※画像はイメージです

本作は1871年から1872年の間に8回に分けて発表された作品で、架空のイングランド中部の商業都市ミッドランドの街を舞台に、理想に燃える2人の男女の人生を描いた作品です。エリオットの作品の中でも特に秀逸とされている作品で、イギリス文学を代表する作品の一つに数えられています。

舞台はイングランド、ミッドランドの街。ドロテア・ブルックは19歳の孤児で、妹のセリアと後見人である伯父のブルック氏と暮らしていました。ドロテアは信心深い若い女性で時折小作人の建物を改修していましたが、そのドロテア暮らしぶりは叔父を落胆させるものでした。良いパートナーに巡り合えるようにとジェームズ・チェッタム卿を紹介されたものの、ドロテアが惹かれることはなく45歳のエドワード・カサウボン牧師に惹かれていくのでした。

一方ミッドランドの町長の息子であるフレッドは大学を卒業しておらず、怠惰な生活を送っていたものの、叔父のフェザーストーン氏の相続人となっていたため、本人に危機感はありませんでした。フェザーストーンは平凡な女性とされるメアリー・ガ―スを結婚によって手放さないようにしておきたいと考えていたものの、フレッドはメアリーに恋をしており、彼女と結婚したいと願っていました。

・『サイラス・マーナー』 1861年

※画像はイメージです

本作は1861年に執筆された作品で、農民の素朴でユーモラスな人情を描いた作品です。

手織り職人サイラス・マーナーは親友の裏切りから無実の罪に問われ、すっかり人間嫌いになってしまっていました。片田舎の村で孤独な生活を送るようになり、貯金ばかりが唯一の楽しみとなっていました。しかし近所の地主の道楽息子に貯めこんだ貯金を盗まれ自暴自棄になっていたところ、家に迷い込んできた捨て子の少女エピーを養育することになり、マーナーは次第に人間と愛に目覚めるようになっていきます。

■おわりに

ジョージ・エリオットは1819年11月22日イングランドのウォリックシャーに生まれた小説家であり、『ミドルマーチ』や『アダム・ビード』、『サイラス・マーナー』などイギリス文学を代表する作品を執筆した人物です。

その作品は心理的洞察と写実性に優れていることで高く評価されており、マーティン・エイミスやジュリアン・バーンズといった英文学者たちに英語で書かれた最高の小説の一つに数えられています。イギリス文学に関心のある方は、ぜひジョージ・エリオットの作品を読んでみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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