ジョセフ・コンラッド:海洋文学で知られる小説家

ジョセフ・コンラッドは1857年12月3日ロシア帝国キエフ県ベルディチフに生まれた小説家です。海洋文学で知られ、『闇の奥』や『ロード・ジム』といった作品を執筆したことで知られています。そんなジョセフ・コンラッドの人生と作品について詳しく解説していきます。

■ジョセフ・コンラッドとは

※現代のキエフ

ジョセフ・コンラッドは1857年12月3日ロシア帝国キエフ県のベルディチフに生まれました。一家はポーランド貴族の地主だったものの、ロシア支配下のポーランドにおいて独立運動を指導したことからコンラッドが4歳の時に摘発され、翌年には一家で北部ロシアのヴォログダに一家で流刑になり、その地で母親は亡くなっています。1868年には西ウクライナのルヴフに移ることを許可されたものの、父もまた結核を患っていたことによりその翌年クラクフで死去。コンラッドは母方の伯父であるタデウシュ・ボブロフスキに引き取られて、家庭教師から教育を受けることになります。

1873年にはルヴフのギムナジウムに通うようになったものの、16歳の時健康上の理由から進級することが叶わず、伯父の伝手でマルセイユにわたり、フランス商船の船員として働きました。1878年には流刑囚の子どもに課されるロシア兵役を忌避したとみなされてフランス船に乗れなくなり、イギリス船に移ったのち世界各地を航海。この時の経験がのちのコンラッドの小説に大きな影響を及ぼすこととなります。

1895年には『オルメイヤーの愚行』を発表。この作品は当時の読者にはもちろん、他の文学者にも好意的に受け入れられ、徐々に同業の小説家との交流を結んでいきました。1899年には『闇の奥』を発表。イギリス船時代に訪れたアフリカ・コンゴ川での経験をもとに描かれた本作は世間に大きな衝撃を与え、フィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』、ジョージ・オーウェルの『1984年』に大きな影響を与えました。

その後も数多くの作品を執筆していたコンラッドだったものの、1924年には心臓発作で死去。遺体は本名のユゼフ・コジェニョフスキの名前でカンタベリーの墓地に埋葬されました。

■ジョセフ・コンラッドの作品と作風

※画像はイメージです。

ジョセフ・コンラッドの作品はいわゆる海洋文学と呼ばれるもので、フランス船やイギリス船に乗船していた際の経験をもとに執筆されています。またコンラッドが乗船していた船は武器密輸や国家間の政治的陰謀にも関わっており、その時の経験が作品に活かされることとなりました。

そんなジョセフ・コンラッドの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『オルメイヤーの愚行』 1895年

※画像はイメージです。

本作は1895年に出版された作品です。19世紀後半ボルネオのジャングルで働くオランダの貿易業者カスパー・オルメイヤーと娘ニーナについて語られた物語であり、本作でもってコンラッドは高い評価を得ることとなりました。

カスパー・オルメイヤーは一獲千金を夢見る貧しい貿易業者で、マレー人の妻とニーナという名前の娘と共に暮らしていました。オルメイヤーは金鉱を見つけることができなかったものの、イギリス人がパンタイ川を征服すると聞いて、当時住んでいた場所の近くに豪華な宿泊施設を建てたもののイギリス人がやってくることはなく、通りすがりのオランダ人船員の中にはこの家を「オルメイヤーの愚行」と呼ぶものもいました。

ある日マレーの王子ディン・マルーラは貿易の話をするためにオルメイヤーの元を訪れたものの、そこでニーナに恋をしてしまいます。ニーナとディン・マルーラは結婚に反対されたものの、駆け落ちしてしまい、オルメイヤーは狂気に走っていくのでした。

・『闇の奥』 1902年

※画像はイメージです。

本作は1902年に発表された作品で、コンラッドの代表作とされる作品です。イギリス船員時代にコンゴ川で得た経験をもとに執筆された作品で、西洋植民地主義の暗い側面を描いた作品として高く評価されています。タイトルの『闇の奥』はアフリカ奥地の闇をさしているのと同時に、人間の心の闇、西欧文明の闇も表していると考えられています。

ある日の夕暮れ、船乗りのマーロウは船上で仲間たちに若いころの出来事を語り始めます。マーロウは各国を訪れたのち、ロンドンに滞在していたものの未だ訪れたことのないアフリカに行ってみたいと思うようになっていました。親戚の伝手でフランスの貿易会社に入社したマーロウは、船で出発し30日以上かけてアフリカの出張所に到着。そこでは黒人が象牙を持ち込んでくると、木綿くずやガラス玉などと交換していました。

そこで奥地から大量の象牙を送ってくるクルツという代理人の噂を聞いたマーロウは、到着した隊商とともに200マイル先の中央出張所を目指して出発。ジャングルや草原、岩山などを通って15日目にようやく目的地に到着します。

そんな中、中央出張所の支配人から上流にいるクルツが病気らしいと聞く。蒸気船が故障しており、象牙を乗せて奥地から中央出張所まで来たものの荷物を助手に任せ、途中から1人だけで奥地に戻ってしまったという噂を聞き、マーロウはひとりで奥地に向かう孤独な白人に興味を持つようになります。

故障していた蒸気船が治り、マーロウは支配人と使用人、そして現地の船員とともにコンゴ川を登っていったものの、クルツの居場所に近づいた時、突然矢が雨のように降り注ぎ舵手が亡くなってしまいます。奥地の出張所に到着すると、そこには25歳のロシア人青年がおり、彼からクルツが現地人から神のように思われていたこと、手下を引き連れて象牙を略奪していたことなどを聞いたのち、病気のクルツを担架で運び出すことになります。やがてクルツは「恐ろしい!恐ろしい!」という言葉を残して息絶えるのでした。

■おわりに

ジョセフ・コンラッドは1857年12月3日にロシア帝国キエフ県に生まれた小説家で、海洋文学の分野で数々の作品を執筆した人物です。その作品はコンラッドの船員としての経験に基づいているほか、西洋人の心の闇を暴いた作品でもあり、19世紀文学を研究する上では特に注目されています。海洋文学や植民地文学に関心のある方は、ぜひコンラッド作品を読んでみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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