オジー・オズボーン:ヘヴィメタルの世界を拓いたメタルの帝王

ヘヴィメタルの音楽ジャンルを開拓したアーティストがオジー・オズボーン。攻撃的なニュアンスを含んだパフォーマンスや激しさを増していくメロディー、独特の高音と低音を駆使したボーカルは世界中の音楽ファンを魅了してきました。1994年にグラミー賞Best Metal Performance部門を受賞した『I Don’t Want to Change the World』では、美しい歌声と圧倒的なパフォーマンスで新しい音楽の世界観を創造しました。“メタルの帝王”と呼ばれるメタルの元祖は、その動向にも注目が集まります。オジー・オズボーンの経歴や代表作を紹介します。

◾︎オジー・オズボーンとは

オジー・オズボーンは1948年、イングランドのバーミンガムで誕生しました。現在のヘヴィメタルを代表するカリスマ的なアーティスト。またシンガーソング・ライターとしても名声を獲得しています。その音楽的なキャリアの始まりはヘヴィメタルの元祖と呼ばれるロック・バンド、ブラック・サパスの結成からです。ブラック・サパスはオジー・オズボーンがメンバー募集の張り紙を街中に貼り、結成されたことからその歴史を始めました。音楽活動は現在も継続しており、およそ50年以上も活動を続ける長寿のバンドとして、大きな尊敬を集めています。

ときに“プリンス・オブ・ダークネス”や“メタルの帝王”と呼ばれるオジー・オズボーンは、悪魔的な演出を初めて採用したアーティストとしても知られています。ソロ活動を開始した当初は動物の生肉を投げるパフォーマンスをおこなうなど、ほかのアーティストとは大きく異なる路線を追求し支持を獲得していきました。ヘヴィメタルの先駆者として舵を切ってきたのです。

オジー・オスボーンが生まれたのは、イングランドの労働階級に属する家庭でした。その生活は楽ではなかったのでしょう。オズボーンは盗みを繰り返し、学校にほとんど顔を出さない荒れた少年時代を過ごします。15歳になると学校をドロップアウト。自分の可能性を求めてバンドを結成することを決意します。メンバー募集の方法は街中にチラシを貼ることでした。この大掛かりなローラー作戦は功を奏し、オズボーンはロック・バンド、アースを結成します。

アースは1969年に改名し、名称をブラック・サパスとします。実費でレコーディング費用を捻出し、1970年2月13日の金曜日にデビュー・アルバムをリリースしました。続けてリリースするアルバムもチャート上位に食い込むヒットを記録。ブラック・サパスはイギリスを代表するロック・バンドのひとつに、瞬く間に成長していきました。しかしバンドが人気を獲得する最中、オズボーンはアルコールやドラッグ、最愛の父親の死に遭遇し自己を見失っていきます。

1978年にブラック・サパスを解雇されたオズボーンは、1979年からソロ活動をスタートします。活動初期のライブでは生肉を客席に投げたり、またファンによって動物の死骸のレプリカがステージに投げ込まれたりと、過激なパフォーマンスが注目を集めました。このパフォーマンスに関連して、オズボーンがコウモリの死骸を食いちぎり病院に搬送されたエピソードも知られています。カリスマ的な支持を獲得していったオズボーンは、1994年にシングル『I Don’t Want to Change the World』でグラミー賞を受賞。スターダムを着実に登っていきました。

2002年にはエリザベス2世女王在位50周年を記念したコンサートに出演、華麗なパフォーマンスを披露したことは記憶に新しいでしょう。また、同年2002年にスタートしたMTVの人気番組『オズボーンズ』の存在も忘れられません!オズボーンズはオジー・オズボーンとその家族の豪勢な私生活を追ったリアリティー番組です。番組内ではオズボーンの破天荒な振る舞いと家族のユニークな掛け合いが惜しげもなく放映されました。残念ながら2005年に番組は終了しましたが、その後も特番が放送されるなど好評を得ています。ぜひチェックしてみてください。

その後も順調に音楽活動を継続していったオズボーンは、2002年から2017年にかけて、ソロ活動よりもブラック・サパスの活動にエネルギーを注いでいきました。ブラック・サパスは現在もヘヴィメタルの先駆者として普遍の人気を獲得しています。また、バンド活動に参加したアーティストが独立して有名になっていくジンクスもよく知られています。多方面から注目を集めるヘヴィメタルの重鎮、オジー・オズボーン。その代表作を次章で詳しく紹介しましょう。

◾︎オジー・オズボーンの代表作品

メタルの帝王の呼び名が定着しているオジー・オズボーンは、有名な曲や音楽シーンを代表する名盤を豊富にリリースしています。ここではそのなかから3つの作品を紹介します。1980年に発表したソロとしてのデビュー・アルバム『Blizzard of Ozz』、初のグラミー受賞をもたらした『I Don’t Want to Change the World』を収録した『No More Tears』、オズボーンの娘にあたるケリー・オズボーンとのデュエット『Changes』。これらの魅力を余さず紹介します。

・ Blizzard of Ozz(ブリザード・オブ・オズ)

※画像はイメージです

『Blizzard of Ozz』は1980年にリリースされたオジー・オズボーンのソロ・デビュー・アルバムです。自身のバンドを率いて収録された作品で、特にギターのランディ・ローズの天才的な演奏が脚光を浴びました。パフォーマンスはギターのルールブックを塗り替えたといわれており、オズボーンの歌声よりもランディ・ローズの演奏技術に言及されることもしばしばです。

『Blizzard of Ozz』は9曲を収録。再生時間は39分です。収録曲のうちシングルカットされた2曲はイギリスのヒット・チャートにランクインを記録。そのうちのひとつ『Crazy Train』は、映画で使用されたこともある人気曲です。ファンからは神曲として崇められている名曲です。

・No More Tears(ノー・モア・ティアーズ)

『No More Tears』は1991年にリリースされた、オジー・オズボーン通算6枚目のスタジオ・アルバムです。このアルバムの特筆すべき特徴は、イングランドのロック・バンド、モーター・ヘッドの中心メンバー、レミー・キルスターが作曲に関わったことでしょう。収録された曲数はボーナストラックを含めて全13曲です。そのいずれもが珠玉の名曲と賞賛を集めています。

また『No More Tears』は、オジー・オズボーンが引退宣言を発表したあとにリリースされたことから、オズボーンのソロ第1章を締めくくる作品に挙げられます。引退宣言はのちに撤回されましたが、当時のファンが涙を飲んで聴いていた情景が想像できます。収録曲『I Don’t Want to Change the World』はアーティスト初のグラミー受賞をもたらしました。アルバム自体もダブルプラチナを達成するセールスを記録。オズボーンのひとつの契機になったアルバムです。

・Changes(チェンジ)

※画像はイメージです

『Changes』はMTVのリアリティー番組『オズボーンズ』で人気を集めたオジー・オズボーンの娘、ケリー・オズボーンとのデュエット曲です。親子でのデュエットは話題を集めイギリス・チャートで初登場首位を記録。アメリカで大ヒットを記録しました。ケリーはその破天荒な振る舞いから番組内で支持を獲得。個人のアーティストとしてもデビューを飾っています。

『Changes』は1972年に収録がおこなわれたブラック・サパスの名曲です。時代を飛び越えての親子での共演は胸にくるものがあるでしょう。親子の歌声にぜひ魅了されてみてください。

◾︎おわりに

ヘヴィメタルの世界を切り拓いたメタルの帝王、オジー・オズボーンの経歴や代表作品を紹介してきました。攻撃的であり過激なパフォーマンスは、これまでの常識を覆して、驚きと支持を獲得してきました。メタルの源流をなした歌声を、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか?

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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