草間彌生:幻覚や幻聴から自分を守るための水玉模様

草間彌生は、日本の芸術家。ニューヨークに渡米し、「クサマ・ハプニング」と呼ばれる過激なパフォーマンスで注目を集め、「前衛の女王」と呼ばれた。作品に水玉模様を描くことやモチーフにカボチャを使うことに特徴がある。アメリカの「TIME」で「世界で最も影響力のある100人」に選出された。芸術家であり、彫刻家であり、ファッションデザイナーであり、小説家でもある。

耳なし芳一

草間彌生が生まれた日本には古い怪談があります。「耳なし芳一」という話で、日本では有名な話です。芳一という目の見えない琵琶法師が、怨霊に琵琶を弾いていることを知ったお寺の和尚が芳一を心配し、芳一の体にお経を書きます。このお経が書かれていると、怨霊には見ることはできないので安全なのです。しかし、どうしたことか和尚は芳一の耳だけお経を書くのを忘れてしまいます。そのため、芳一は怨霊に耳だけちぎられてしまいました。しかしながら一命をとりとめた芳一は、そのことを和尚に感謝します。その後、怨霊は現れなくなり、芳一もその話で有名人となり琵琶法師として評判を得るようになった、という話です。この話は小泉八雲という作家が書いたことで良く知られるようになりました。日本では昔ばなしなどで子供の頃によく聞かされる話としては定番の作品です。

水玉模様は草間彌生には見えているもの

草間彌生の作品には、水玉模様のモチーフが多く登場します。これらは「ドット・ペインティング」とも呼ばれ、その描き方は独特で他のどの作家にもみられるようなものではありません。この水玉には、実は「耳なし芳一」のお経の様な効果があると草間彌生は語っています。彼女は、幼いころから幻覚や幻聴に悩まされてきました。草間彌生の10歳の頃の作品には既に不思議な水玉があります。「あれは幻覚なの。あの頃、1人で夜道を歩いていると急に空が明るくなって山の向こうに幻覚が現れる。」「花が突然話しかけてくる。幻覚とか幻聴が本当にひどかった。」という、少し理解しにくい発言をしています。「今もよく見ます、視界の中に現れてくる不思議な物体。それを描きとめる。」つまり、彼女には見えている風景をそのまま描くことで作品に仕上げている、ということらしいのです。彼女はそれを幻覚や幻聴から身を守る儀式でもあり、それらから逃げるための手段としてそれらを絵にし始めます。草間彌生の制作スピードは非常に早い事でも知られているのですが、常人がイマジネーションを頭の中で発生させそれを想像しながら描くものと違い、彼女の作品は彼女に「見えている世界」を描きだすことで誕生しているためにそのスピードで描くことが出来たのかもしれません。また、草間彌生のモチーフにはよくカボチャが用いられます。このカボチャも、幻覚や幻聴などで苦しんでいる時に、畑にあったカボチャを抱きしめることで非常に落ち着くことが出来た経験から素材として用いるようになります。草間彌生は少女時代に既に統合失調症という診断が医師から下されており、彼女は苦しみながらも絵を描き続けることになります。「クラクラしていても、絵を描くとよくなる」「絵があったから生きていられた。」という彼女の言葉もあります。草間彌生にとって絵を描くことが生きるための方法であり、まるでそれは、耳なし芳一で登場した和尚のお経の様なものなのかもしれません。「この水玉1つで立ち向かう。これに一切を賭けて、歴史に反旗を翻す」そう語った草間彌生はアメリカに渡り、「無限の網」という作品において一躍アートシーンで注目をされるようになります。

統合失調症と草間彌生

統合失調症という病気は、現在でこそよく知られるようになったのですが草間彌生が少女時代であったころには、日本ではあまり一般には認識されていない症状でした。約100人に1人がかかるといわれているこの統合失調症の経過には前長期・急性期・休憩期・回復期の4段階に分類されています。どうやら草間彌生の少女時代は「急性期」にあたっていたようで、この急性期には幻覚・妄想に襲われて頭が混乱し周囲と上手くコミュニケーションが取れなくなる傾向が強まります。草間彌生の制作スピードや制作数を考えても、相当重度な統合失調症であったことが想像できます。いかに苦しんでいたのかを思わせる彼女の言葉があります。「私の人生は芸術によって開かれた。私の芸術が評価され愛されることを願って、死ぬものぐるいで闘った。」アメリカ滞在中でもパニック状態になってしまい、救急車で何度も運ばれたこともあるそうです。「カンヴァスに向かってドット・ペインティングをしているとそれが机から床まで続き、そのうちに自分の身体にまで描いてしまう。」現在も草間彌生は、「昼も夜も、体を損ねるほどに芸術に明け暮れて」いるのです。

クリエイティビティと心の病の関係

2015年にアイスランドで発表されたある調査結果では、「クリエイティビティと心の病の遺伝的関連性は明らか」だとする報告があります。わかりやすく言ってしまうと、「クリエイティブな人の4人に1人は躁うつ病や統合失調症を発症しやすい」ということです。では、なぜその2つに関連性があるのでしょうか。草間彌生のようにクリエイティブな人の苦しく悲惨な体験は、芸術や音楽などの作品の創作に昇華されることがあります。かつてフランシス・ベーコンは「絶望と不幸の感覚というものは、アーティストにとって幸福よりも有益となるかもしれません。絶望、不幸というものは感受性を養うからです。」という発言をしています。そのことがアーティストにとって幸せなのか?という問いは置いておくとして、1つ明らかなことは「心の病がある患者にとって、創作活動が治療のはけ口になる」という事実には注目が必要でしょう。つまり、クリエイティブな教育を受けている人が心の病になるということではないということです。最初に(先天的であるにせよ後天的であるにせよ)心の病が発症し、その解決、あるいは逃げ口としてクリエイティブな活動がその患者にとって救いとなるのです。心の病を持った人は、当然ながら自分の苦しみを誰かにも理解してもらいたいと望みます。しかしながらその苦しみは、一般の健常者には到底想像もつかないものです。その望みは、ほとんどの人に受け入れることはありません。しかしながら、その苦しみを「作品」という媒体を使用することによって、理解や認識、承認を受けられるようになるのです。何と純粋な気持ちで創られた作品たちなのでしょう。その苦しみを一般には理解されることは少ないかもしれません。しかしながら、その作品の美しさや純粋さはどんな人でも共通することができます。フランシス・ベーコンはこうも述べています。「言葉には出来ない。だから描くのです。」

「生きていて良かった」

草間彌生の作品は世界中で非常に評価を得ています。テート・モダン、ポンピドゥー・センターなど名だたる美術館で開かれた個展も大盛況であり、世界中で巡回展が企画されました。2016年のアメリカ「TIME」で「世界の最も影響力のある100人」に選出されるなど勢いは止まりません。世界が絶賛する現代美術の女王と呼ぶべき草間彌生の作品は、欧米だけでなくロシア・中国・南米・アジアでも数十万ドルの価格で次々に売れていきます。2012年にはルイ・ヴィトンとの共同コレクション「Infinitely KUSAMA」を発表するなど、その活動領域は美術界だけに留まらず、ファッション業界にも影響を与える存在となりました。「今まで生きてきて良かった。私の作品を見た人がものすごく感激して抱きしめてくれる。涙をこぼして。毎日多くの人たちが待ってくれている。描かなくちゃいけないから、今一番欲しいものは時間なの」その最も純粋な思いと作品は常に我々の心を捉え続けます。

草間彌生

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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