オラファー・エリアソン:ニューヨークを巨大な滝によってアート空間へ

オラファー・エリアソンは、デンマーク生まれのアイスランドの芸術家。空間・光・水・霧などの自然界の要素を使い、インスタレーション作品を創作している。2008年にニューヨークのイースト川に巨大な滝を創った作品「ニューヨークシティ・ウォーターフォール」が話題となった。世界各地の著名な美術館に彼の作品は所蔵されている。

アートを体験する取り組み

インスタレーションという言葉は美術界では既に一般的に使用されるようになりました。特定の場所に芸術家の企画した装置やオブジェクトを置き、空間全体で「アートを体験」するという取り組みのことです。現代では、絵画や映像などと同類に並べられ芸術の表現技法の1つのジャンルとして確立しています。例えば映像によって空間を構成することもありますし、音響などを複合的に使用する場合もあります。これらの取り組みは1970年代から出現し始め、それまで美術鑑賞というと鑑賞者はアーティストの作品1点を見るという行為だったものを大きく変えることになりました。鑑賞者は「鑑賞」するのではなく、「体験」するいうことになります。こういったインスタレーションという表現は当初彫刻作品などの展示の工夫からスタートし、徐々にその枠から飛び出して独自の進化を遂げました。このインスタレーションという表現は、美術館内だけに限って表現されるものではなく、私的空間や、公的空間、自然空間などでも広がりを見せており、その可能性は広がりを見せています。その制作技法も映像・彫刻・絵画・音・パフォーマンスなど多彩なメディアでできることから制約などがなく、新しいアートの形として定着しました。そして、今日現在インスタレーションという表現で世界から最も注目を集めている芸術家は、オラファー・エリアソンだと
言えるでしょう。

美術館に太陽を創ったウェザー・プロジェクト

オラファー・エリアソンは、1967年にデンマークで生まれました。王立デンマーク芸術アカデミーでアートを学び、現在はアイスランドの国籍を持ちながらドイツのベルリンで活動を続ける現代芸術家です。彼は自然現象や建築に興味を持ち、その素材を活かした作品で鑑賞者の視覚や認識を揺り動かすという作品を創っています。オラファー・エリアソンを一躍有名にした「ウェザー・プロジェクト」という作品では、「光」をその表現に取り入れました。ロンドンのテイト・モダン美術館の入り口になっている吹き抜けに巨大な太陽と再現させるインスタレーションを創り出したのです。天井には一面に鏡が張られ、半円形の疑似太陽は反射して円形に見ることができるように演出されました。この強烈なオレンジの光の中に鑑賞者も作品に黒い影として登場することとなります。ロンドンでは曇天が多いために、この作品は大変好評となりました。彼の作品には他にも、スモークを立ち込めた状況で光線と照射させ、あたかも虹の中を歩いているような体験をさせたり、水面に特殊な光を当てることによって帯状のオーロラを創ったりした作品などがあります。自然の現象を利用して鑑賞者の知覚に訴えようとするのです。オラファー・エリアソンの作品は科学実験の延長でもあるような、しかしそこには非常に美しいものを秘めたものなのです。

ニューヨークをアート空間に変える

「ずっとニューヨークで何かしたいと思っていた、この大空間を持つ街を舞台に見立ててスケールに見合うことを。」オラファー・エリアソンは語ります。2008年、彼はニューヨークにいました。そのプロジェクトのために。「ニューヨークシティ・ウォーターフォール」と名付けられたその活動は、構想2年、製作費1,500万ドルをかけた壮大な計画でした。「ニューヨークのイースト川に巨大な人工の滝を4つ創る」というプロジェクトです。この制作活動は1つの映画にもなり「オラファー・エリアソン 視覚と知覚」として発表されました。この映画はナレーションが一切なく、オラファー・エリアソンがその映像の中で語り続けるという手法がとられました。彼は芸術論を語り始めたり単に独り言を呟いたり、プロジェクトの進展に感情を露わにしたりというオラファー・エリアソンという芸術家と鑑賞者が1対1の関係で映画が進んでいくのです。あまりに巨大すぎるプロジェクトに中止の危機に幾度も見まわれます。彼は芸術家としてのアイデアとともに、力強いリーダーシップを持った人物でもあります。チームを引っ張り、滝を創り出していくその姿はドキュメンタリーとしての作品の範疇を超えた感動を与えてくれます。ついに完成したその巨大な滝は自然のものでなく、人工で作られた鉄筋の建造物から落ちていきます。その作品はニューヨークの新しい観光名所になり、世界中の観光客がそのアート空間を体験しています。

そこから何を感じるべきか

「ニューヨークシティ・ウォーターフォール」はオラファー・エリアソンという芸術家を知らない人でもそれを見ることになります。彼はそのアート空間を見てその気持ちを突き詰めて欲しいと思うでしょう。そこでの対話をオラファー・エリアソンは望んでいるかもしれません。その滝を見ているという自覚、その滝を感じる責任。「オラファー・エリアソン 視覚と知覚」の最後に彼は語ります。「健全な批評の精神を持ち、生きる時代とどのようにあなたが関わるかを考えて欲しい。責任を伴う批評の精神を持って欲しい。」そこにある現実をしっかり読解することができるか?オラファー・エリアソンが鑑賞者に求めるのは、ただ単純に眺めるという行為ではなく、「人工の滝という不自然な物が生み出す、非現実な現実に対して感じとり、心の琴線を揺らしてほしい」ということなのかもしれません。「見るものを決めているのは、アーティストではなくあなた自身だということ」彼は鑑賞者に語り続けます。この世界には視覚から得られるものを分析し、考え、理解をする、という行為によってそれを知覚に変換させることができるということを我々はオラファー・エリアソンから学び取らなければならない責任があるのでしょう。

次は世界をアート空間に変える?

2012年オリンピックが開催されるロンドンで、オラファー・エリアソンはもう1つのプロジェクトを仕掛けます。ロンドンの市民はかつて彼が巨大な太陽を出現させた芸術家ということを知っていました。そのプロジェクトは「リトル・サン」と呼ばれるものでした。今度は手のひらに乗るほどの小さなサイズの太陽型の発電式ソーラーライトを発表しました。エンジニアのフレデリック・オッテセンと協力し開発されたもので、5時間の太陽光を充電させることで夜間の照明として利用できる実用性が極めて高い作品なのです。彼はこの「リトル・サン」を使うことで安全で明るい、クリーンな光を提供したいと考え、電気のない地域に住む人に「光を届ける」という挑戦を始めていたのです。もちろん、電気スイッチ1つで明かりがつくことが当たり前である先進国もありますが、計算によると世界の5人に1人は電気のない地域で生活しているという報告もあります。こうしたエネルギーの問題に対して、アートという分野から発信していくというのはオラファー・エリアソンという人間の持つ魅力と言えるのかもしれません。2020年東京でオリンピックが開かれる年までに5000万個の「リトル・サン」を流通させることを目標としています。現時点では、ヨーロッパとアメリカに流通されているようです。間もなくアジアやアフリカにもオラファー・エリアソンの光が届くことでしょう。オラファー・エリアソンのインスタレーションという表現は、もしかしたら地球規模での広がりを見せているのかもしれません。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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