カーレド・ホッセイニ:アフガンの厳しい世情の中でたくましく生きる人間を描く

アフガンと聞いて、何を思い浮かべますか? アフガン戦争、9/11テロ、タリバーン、イスラム教、過酷な自然環境……といったところでしょうか? しかし、どんな厳しい環境の中でも、人間は生まれ、育ち、迷いながら死んで行きます。生まれ育ったアフガンを舞台に、普通の人間たちの生き様を、叙情豊かに書き続けている作家がいます。それが、アフガン生まれのアメリカ人作家、カーレド・ホッセイニです。

生い立ち

※1960年代の首都カブール

カーレド・ホッセイニは1965年3月、アフガニスタンの首都、カブールで、誕生します。父は外交官、母はペルシャ語の教師でした。ホッセイニは外交官の父の赴任先であるイラン、フランスなどで幼少時を過ごします。
1978年から79年にかけて、アフガニスタンでは、革命とそれに引き続くソ連軍による軍事侵攻が始まり、ホッセイニ一家は祖国へ帰れなくなります。そこで一家はアメリカに亡命し、カリフォルニア州サンノゼに居を定めます。
ホッセイニは当時15歳、英語がまったく話せずに苦労したそうです。

ホッセイニはその後、サンタクララ大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校を卒業し、ロサンゼルスで内科医になります。
内科医になって10年ほどたった2003年、出版したのが処女作「君のためなら千回でも」(原題は「カイト・ランナー」)です。
この作品は、著者と同様、祖国であるアフガニスタンを捨て、米国に亡命して成功を収めている男性が主人公です。
アフガンの持つ複雑な歴史、政治、人種(民族)差別と、主人公の個人的な贖罪の旅を巧みに重ね合わせた、叙情小説であり、冒険小説であり、一種の歴史小説でもある作品で、発売直後から話題となりました。

そして2005年のニューヨーク・タイムズ(NYT)・ベストセラーリストに、合計103週間にわたって選出され続けるという偉業を達成したのです(そのうち4週は第一位)。
また、同書はアメリカ国外でも人気があり、全世界での総売上は、1000万部を超えたとのことです。

2007年、同作はマイク・フォースター監督によって映画化され、こちらも評判になりました。
ホッセイニは同書の刊行後、内科医を辞め、専業作家となりました。
また2007年、アフガニスタンを国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の招きで訪問したのをきっかけに、カーリド・ホッセイニ基金を設立、難民支援に取り組むほか、UNHCRの親善大使も務めています。

2007年に発表されたデビュー第二作「千の輝く太陽」は、第一作とは打って変わって、二人の女性を主人公にした大河小説です。
こちらも世界的に評価され、103週にわたってNYTのベストセラーリストに掲載されました。そのうち15週はナンバーワンでした。

2013年の第三作「そして山々はこだました」は、複数の家族を題材とした群像劇。こちらも、33週にわたりNYTのベストセラーとなりました。
2018年9月には、第四作である絵本「海の祈り」が刊行されました。こちらも、NYTだけでなくロンドン・タイムズのベストセラーリストに載りました。
出版社のペンギンランダムハウスによると、ホッセイニの作品は、世界70カ国で読まれ、売上部数は、総計5,500万部を超えるそうです。
ここでは代表作である「君のためなら千回でも」について、そのあらすじと魅力を説明しましょう。

「君のためなら千回でも(「カイト・ランナー」)」(2003年)

物語はアメリカ・サンフランシスコから始まります。
小説家のアミールの元へ、パキスタンから電話がかかってきます。電話の主は、古い恩人のラヒム・ハーン。病気で死に瀕している彼は、死ぬ前にどうしても伝えたいことあるといいます。そして、こんな一言を残して会話は終わります。「おまえはまたやり直すことができる」。

「やり直す」とはどういう意味か、アミールはすぐわかったような気がします。アミールは、故郷であるアフガニスタン・カブールに住んでいたころ、ハッサンという無二の親友がいました。裕福な家庭であるアミールの家の召使いの子供で、少数民族であり差別されているハザラ人でしたが、そんな境遇の差などを意識せずに二人は育ちました。
悲劇は、カブール名物の凧揚げ大会の日に起きました。凧揚げの名人であるハッサンの活躍で、なんと二人は優勝の栄誉に浴します。このとき、ハッサンは親友アミールに対して、こんな言葉をかけます。

「君のためなら千回でも!」
ところがハザラ人が優勝したことをよく思わないグループの手によって、ハッサンは陵辱されてしまいます。しかも、親友だったはずのアミールは、怖くてそれを傍観してしまいました。
なんという裏切りでしょう。その後、ソ連のアフガン侵攻によって、アミール一家はアメリカへ亡命しますが、その事件以来、アミールはハッサンと口もきかない状態のまま別れてしまいます。

アメリカへ渡ったアミールは、大学を卒業し、美しい妻もめとり、幼いころからの夢だった小説家になるというのぞみも果たします。そして、最初の小説が出版されるというその日に、その電話がかかってきたのです。
目をそむけたい過去と向き合い「やりおなおす」道はあるのか? アミールは半信半疑のままパキスタンを経てカブールに向かいますが、そこは、想像を絶する破壊と混沌の中、タリバーンによる暴政が支配する街となっていました。さらに、衝撃的な事実が判明します。

ハッサンが殺され、唯一の息子ソーラブも誘拐されていたことがわかったのです。
アミールはラヒム・ハーンから、一通の手紙を受け取っていました。ハッサンからの親書です。
その手紙には、あの事件のことなど一言も触れられておらず、ただアミールへの親愛の情が溢れていました。
アミールは友への贖罪のため、過去を「やりなおす」ため、ソーラブ奪還を決意します――。

ホッセイニ作品の特徴とは?

出せば必ずベストセラー入り、という人気作家のカーレド・ホッセイニですが、その作品の特徴をまとめるとすると、二つのキーワードが浮かび上がります。
一つは、「過去に対する後悔、贖罪」
もう一つは、「家族」です。

前者は、第一作に特に顕著です。主人公は過去に自分の犯してしまった過ちに常に脅かされています。それは、アメリカに渡ってからもずっと彼を苦しめ続けていたように見えます。
しかし、カブールからの電話をきっかけに、そうした過去の清算に乗り出します。
犯してしまった罪を前にして、あるいは取り戻せない過去の経験を前にして、立ちすくむ人間。
そんな人間の懊悩が、ホッセイニの作品には必ず主題として登場します。

そしてそうした苦悩に対して、登場人物がどんな選択をすることになるのか、ということが主題となっています。
やってしまったことはもう取り消せない。起きてしまったことをなかったことにすることはできない。時計の針を戻せない以上、これは当たり前のことです。
しかし、一方で、だからといって、起きてしまった過去について、人間は何もできないのかといえば、そうではないはずです。

犯してしまった罪を踏まえて、できるだけ事態がよくなるよう努力すること。
誰かに迷惑をかけてしまったなら、その人に心を尽くして償うこと。
あるいは何かを悪い状態にしてしまったとしたら、その事態を、少しでもいい方に改善するよう努めること。
人間は過ちをおかす動物ですが、過ちをただすことのできる動物でもあります。
それが人間の重要な性質である「成長」ということの意味であり、そうした個人個人の「成長」が積み重なると、社会は「進化」していくのでしょう。

ホッセイニ作品の第二の特徴は、家族、特に父親との相克です。
ホッセイニ自身、アメリカに亡命してきた当初、アイデンティ・クライシスに陥った自分の両親との間に、葛藤があったといいます。
亡命というのは、これまで祖国で積み重ねてきたキャリア、社会的地位をすべてリセットして、異国の文化に、無の状態、精神的な裸で飛び込むことを意味します。

年長であればあるほど、あるいはそれまでのステータスが高ければ高いほど、これは辛い経験になるでしょう。
子供の視点から見れば、それまで尊敬してきた親の尊厳が、音を立てて崩れ落ちるように見えることもあるでしょう。
特に父子関係は複雑です。
ホッセイニ作品はこの親子関係の相克をうまく描き出しており、そのあたりも大きな見どころとなっています。

子供から見て、親とは何なのか、または何であるべきなのか。
そんな古くて新しいテーマをも考えさせられる。
それがホッセイニ作品のもう一つの魅力です。
家族について考えたくなったら、ぜひ手にとってみてください。

参考文献
Wikipedia(英、日)

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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