グスタフ・クリムト:黄金様式で名を轟かせた画家

(Public Domain /‘Photo of Gustav Klimt’ByМоріс Нар.at English Wikipedia. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

グスタフ・クリムト(1862―1918)
美術館でもひときわ目立ち、光を放つ作品で有名なクリムト。14歳のときに博物館付属工芸学校に入学し、卒業後は芸術家商会を設立します。ブルク劇場の装飾を手掛けたことがきっかけとなり、彼は若くして人気の画家となりました。35歳になるとウィーンの芸術家グループ『分離派』の会長を務め、優美で官能的な女性を描いた作品を多数残しました。

ここからはクリムトの作品とそれにまつわるエピソードを紹介していきます。

<黄金様式>

19世紀後半のウィーンは、劇場や博物館が次々と建設されるなど、活気に満ちた街となっていました。新たに台頭した富裕な市民たちは、貴族社会の伝統に即した古い芸術ではなく、今を生きる新しい芸術を求めるようになります。こうした市民の要望に応えたのがクリムトです。

(Public Domain /‘The Kiss (Der Kuß)’By Gustav Klimt.at English Wikipedia. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
※『接吻』

クリムトの代表作は言わずと知れた『接吻』。豪華な金色の背景に抱擁と口づけを交わす男女の姿や色とりどりの図形と可憐な草花が描かれ、『愛』を表現しようとしています。また、愛し合う男女が断崖絶壁の淵に立っていることから、幸せの中にありつつも、どこか悲劇的な結末を迎えてしまうのではないかという不安な気持ちを感じさせられる作品となっています。

クリムトのこのような作品は『黄金様式』と呼ばれ、伝統的な絵画というよりも工芸的な美しさに満ちた作品となっています。1903年にイタリアの古都ラヴェンナに旅をした彼は、そこの教会で見たモザイク芸術に深く感動し、装飾性豊かな黄金様式を深めていくことになりました。

作品内の女性のモデルについては二つの説があります。一説はクリムトの支援者(パトロン)であり、ウィーン屈指の資産家の妻アデーレ・ブロッホ・バウアーだという説。もう一説は、クリムトのパートナーだったエミーリエ・フレーゲという説です。多くの女性と関係を持っており、14人は子供がいたと言われているクリムト。その中でもエミーリエ・フレーゲは特別な存在だったようで、クリムトはエミーリエのためにドレスをデザインするなど、彼女とは長時間にわたって人生を共にしていました。しかしクリムトは結婚をせず、生涯独身のままでした。

<黄金で彩られた肖像画>

(Public Domain /‘Portrait ofAdele Bloch-Bauer I (Adele Bloch-Bauer I)’By Gustav Klimt.at English Wikipedia. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
※『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』

クリムトが描く『黄金様式』の作品として『接吻』の次に有名なものを挙げるとすれば、『アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像I』ではないでしょうか。肖像画として制作されたこの作品は、写実的に描かれたアデーレ・ブロッホ・バウアーの表情や手と、それを覆うようにして施されている金色の艶やかな細工が織りなす豪奢で美しいコントラストが魅力の作品となっています。

(Public Domain /‘Portrait ofAdele Bloch-Bauer’By Gustav Klimt.at English Wikipedia. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
※1912年に制作された『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像II』

アデーレ・ブロッホ=バウアーは、クリムトと恋愛関係にあったのではないかと言われている女性です。また、1912年にもクリムトの手によって彼女の肖像画が制作されています。クリムトの作品に頻出する衣装や背景の抽象的な装飾模様の多くは、古代エジプトや日本などにルーツがあるとされています。

クリムトはプレイボーイであり、女性に対してとても興味を持っていました。しかし、それとは対照的に自身に関しては全く興味がなく、社会の中で自身の存在価値を見出すことが出来なかったと言います。彼はいつも青い仕事着を着て髪型は乱れており、身分の低い訛り言葉を使用して生活していたそうです。社交活動や交流に参加することも一切なく、自画像を残すこともありませんでした。

<さいごに>

経歴や作品を見ると気難しそうな印象を受けるクリムトですが、彼は猫好きとしても知られており、作業着で猫を抱いている写真が残っています。クリムトの華やか且つ煌びやかで斬新なアートには、多くのユダヤ人がパトロンとなり支援をしていました。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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