ウフィツィ美術館:芸術運動ルネサンスを体験する

イタリアの古都フィレンツェにあるウフィツィ美術館。16世紀から公開されているコレクションもあり、近代式美術館としてヨーロッパ最古の一つ。14世紀から16世紀にかけて起こったルネサンスとの深い関わりは見逃せない。トスカーナ大公国の君主メディチ家歴代の美術コレクション、ダ・ヴィンチやラファエロなど2500点にのぼる巨匠の絵画などを収蔵するウフィツィ美術館、芸術運動ルネサンスを体験する旅にでる。

イタリアはトスカーナ地方にあるフィレンツェは1982年に街全体が世界遺産に登録されており、歴史と文化を求めて世界中から訪れる人々が絶えません。

そのフィレンツェ、ルネサンス時代に多くの傑作が生まれました。
ルネサンスとはラテン語で「再生」を意味する言葉であり、14世紀イタリアで始まった芸術運動です。

発祥は、十字軍の影響で潤っていたフィレンツェ。
それまでの教会中心の文化から、人間を一番の存在とするギリシャ・ローマ時代の文化を復活させようという思想が沸き起こったのです。禁欲的な生活を送っていた人々が人生の喜びや肉体美を表現するようになったルネサンスはフィレンツェから始まり、16世紀までにはヨーロッパ全域にまで広がっていきました。

ルネサンス運動の発祥地フィレンツェ、ここにメディチ家が大きく関わっています。
メディチ家は、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなど数々の芸術家のパトロンとしても知られています。

(Public Domain /‘Portrait of Cosimo I de’ Medici’ by Agnolo Bronzino. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

メディチ家の一人、初代トスカーナ大公コジモ1世が住まいであったピッティ宮殿からポンテ・ヴェッキオ橋の2階部分を通り、毎日通う庁舎へ至る約1kmの通路を造らせます。
ウフィツィはイタリア語のオフィスを意味しますが、この庁舎が現在のウフィツィ美術館なのです。

この記事では、近代式美術館としてヨーロッパ最古の一つでありルネサンス運動と深く関わっているウフィツィ美術館について解説していきましょう。
フィレンツェで、ルネサンスをたっぷり体験する旅を楽しみましょう。

⚫︎メディチ家とウフィツィ美術館

メディチ家について語ることなしにウフィツィ美術館は語れません。
まず、その関係をみていきましょう。

メディチ家・ジョバンニ・ディ・ビッチ(1360−1429)時代、のちにメディチ家の拠点となるフィレンツェに「メディチ銀行」を創設させました。ローマ教皇庁とのつながりを活かし、財政管理者の地位を獲得したり一般市民に有利な税制改革を行ったりとメディチ家は、フィレンツェ随一の有力者となっていきます。

1429年、ジョバンニ死去の後、息子のコジモがメディチ家の当主になります。この時代に、ロンドン、バルセロナまたアヴィニョンなどへ銀行の支店を拡大、メディチ家はフィレンツェにとどまらない影響力を持ちはじめていきます。

コジモは、市民の支持を基盤としてフィレンツェの市政や芸術に大きく関与していきます。
画家のボッティチェリやフラ・アンジェリコ、彫刻家や哲学者に建築家など多数の芸術家がコジモに庇護されるのです。

コジモ治世下、ジョルジュ・ヴァザーリの設計で1560年着工1580年竣工のフィレンツェの行政機関の事務所ができました。
1565年には住まいのピッティ宮殿からヴェッキオ橋の2階部分を通って毎日通う庁舎へ至る約1kmの通路も造らせます。
600年以上も前に作られた橋”ポンテ・ヴェッキオ”はフィレンツェの歴史そのものを見守ってきました。

コジモ死去後、跡を継いだフランチェスコ1世。
1579年−1581年にかけて庁舎3階の廊下天井にグロテスク模様の装飾を施します。
この頃から、この庁舎にはメディチ家の持つ美術品が収蔵・展示されるようになります。
これこそが、ウフィツィ美術館なのです。
ウフィツィはイタリア語のオフィスを意味します。庁舎であったオフィスが美術館に生まれ変わったのです。

⚫︎ウフィツィ美術館の見どころ5選

ウフィツィ美術館にはルネサンス期を代表する世界最高水準のコレクションが多く展示されています。
その作品総数は約2500点、400を超えるイタリアの国立美術館で、入館者数3位を誇ります。

美術館は、1階、2階そして3階の3フロア。1階はチケット売り場やショップ、2階と3階に古代の彫刻や絵画など優れた作品が展示されています。
ジョルジュ・ヴァザーリ設計で建設された庁舎、ピッティ宮殿から庁舎へつながる約1kmの通路も作られましたがそれは今も「ヴァザーリの回廊」として、美術館の一部になっており、特に肖像画のコレクション700点を超える絵画が展示されています。

ウフィツィ美術館に何度も通えれば素晴らしいですが、そうでない場合に見逃せない作品5選をご紹介しましょう。

(Public Domain /‘The Birth of Venus’ by Sandro Botticelli. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・ヴィーナスの誕生(1485−86 サンドロ・ボッティチェッリ作)

ウフィツィ美術館の至宝。古代ギリシャ・ローマ神話に真実があると信じていたイタリア人、海から現れるヴィーナスは神聖な美しさのシンボルとなっています。その美しい色使いも合わせてみたい逸品です。

(Public Domain /‘Primavera’ by Sandro Botticelli. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・春プリマヴェーラ(1482 サンドロ・ボッティチェッリ作)

”ヴィーナスの誕生”と合わせて大変有名なボッティチェッリの作品です。
ヴィーナスやキューピット、三美神など神話上の人物か描き尽くされたロマンティックな作品です。愛や美、花などの神が集まる場で様々なストーリーが展開されています。
”春”は、メディチ家の私的な目的のために描かれました。マーキュリーはジュリアーノ・メディチ、三美神の一人エウプロシュネーは当時フィレンツェ一美しいと言われたシモネッタ・ヴェスプッチとして描かれていると言われています。

(Public Domain /‘Annunciation’ by Leonardo da Vinci. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・受胎告知(1472−1475 レオナルド・ダ・ヴィンチ作)

ダ・ヴィンチ、20歳を過ぎたころに描いた、事実上のデビュー作品。写実的に表現された風景や石面、遠近法を用いた作品はすでにダ・ヴィンチの才能を感じることができます。
聖母マリアの右腕が異常に長いことで知られる”受胎告知”、この作品をマリア側から鑑賞することを前提としているためと考えられています。

(Public Domain /‘Madonna del cardellino’ by Raffaello Santi. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・ヒワの聖母(1507 ラファエロ・サンティ作)

37歳の短い生涯で約50点もの聖母子像を描いたラファエロ。この頃、ダ・ヴィンチの影響を受けています。
裕福な商人の婚礼祝いに描かれたこの作品はアルノ川の氾濫で17もの破片となったものを、当時の芸術家たちが修復をしました。その後、1998年から10年をかけて新たな修復も行われたという意味でも貴重な作品です。

(Public Domain /‘Doni Tondo’ by Michelangelo Buonarroti. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・聖家族(1503−06 ミケランジェロ)

円熟期のミケランジェロによって描かれた、現存する唯一の完成したパネル絵です。オリジナルの額縁もそのままであり、一見の価値があります。ミケランジェロは中世から貴族である家柄に生まれ、家門に固執する父親の下で育ったことから、母性への固執を持つダ・ヴィンチとは対照的と言えます。この作品にも、強い父親ヨセフが描かれています。

⚫︎ウフィツィ美術館の各情報

ウフィツィ美術館 (Galleria degli Uffizi)
公式サイト

・住所:Piazzale degli Uffizi, 6, 50122 Firenze Fl, Italy
・開館時間:火曜・水曜・木曜・金曜・土曜・日曜 8:15~18:50
・休館日:毎週月曜、1月1日、12月25日
※訪れる際には改めてご確認ください

誰もが納得する偉大な芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロそしてラファエロ。この3人が同じ都市にいた希な機会は少なくとも2回あったと言われています。
その1回目が、1500年代初頭フィレンツェだったのです。

銀行家メディチ家が富を蓄えていった時代に、フィレンツェの庁舎の壁画を競作するようにとダ・ヴィンチとミケランジェロが依頼されました。
ダ・ヴィンチ50歳、ミケランジェロ30歳前、フィレンツェ近郊の出身である2人は互いにライバルであることを認め、作品製作で火花を散らしあいます。
1504年、画家として一旗あげようとフィレンツェへやってきた若干21歳のラファエロ。彼がルネサンス全盛の地で、この2人の製作過程に注目したのは確実なのです。

ルネサンス発祥の地フィレンツェで、ルネサンス期の芸術家達を支援したメディチ家。
そのメディチ家のオフィスだったのが、ウフィツィ美術館の由来です。
ウフィツィ美術館以外、ルネサンス芸術をこれほど体験できる空間が他にあるでしょうか!?

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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