ハンガー・ゲーム:カットニス、炎の少女

ハンガー・ゲーム(The Hunger Games)は、アメリカ人作家スーザン・コリンズによるヤングアダルト小説。12歳から18歳までの少年少女24名が、全国にテレビ中継されるなかで殺し合いを強要されるという「ハンガー・ゲーム(飢えのゲーム)」の様子を描いたこのシリーズは、26もの言語に翻訳され、世界中で大人気となった。2012年から2015年にかけて三部作すべてが映画化され、シリーズ全体の興行収入は30億ドル近くにのぼっている。

まずはじめに

アメリカ人作家スーザン・コリンズによるヤングアダルト小説『ハンガー・ゲーム』。2008年に初版が発行されるやいなやアメリカ中で大きな話題を呼び、2008年9月から2010年9月までの102週にわたって『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーリストに名を刻み続けた、驚きの大ヒット作です。
三部作となるこのシリーズは、本来のターゲットであるティーン層だけでなく、大人からも熱狂的な支持を集め、シリーズ全体の書籍売上は2600万ドル以上とも。もちろん、この額は現在も更新され続けていることでしょう。

物語の主人公は、十六歳の少女、カットニス・エバディーン。
貧しい家庭に育ったごく普通の女の子だった彼女が、過酷なゲームに生き残り、”炎の少女”として革命のシンボルとなり、民衆を率いていく。そして、いつも彼女のそばにいる魅力的な二人の男の子から熱烈に愛される――そんなカットニスに、自分の姿を重ねてうっとりとした女の子がいったいどれほどいたことでしょう。
もちろん、大人でも十分楽しめるのが『ハンガー・ゲーム』の特長です。むしろ、大人だからこそ楽しめる視点もあるのが『ハンガー・ゲーム』なんです。

小説のジャンルは一言では表しがたく、少年少女が生き残りをかけてサバイバルを繰り広げるアクション小説でもあり、高度に文明が発展した首都キャピトルを描いたSF小説でもあれば、首都周辺の12の地区はディストピアの様相を呈している。さらに、物語の根幹には揺るぎない愛の物語があり、ロマンス小説とも取ることもできます。
このように、多彩なジャンルを取り入れていることも、『ハンガー・ゲーム』が多くの層から支持されている理由のひとつでしょう。

この記事では、そんな『ハンガー・ゲーム』の魅力をたっぷりご紹介しています。
もちろん、重大なネタバレは控えていますのでご安心を。

読み終えるころには、きっとあなたも”炎の少女”の活躍を見たくてたまらなくなっていることでしょう。

ハンガー・ゲーム――「飢えのゲーム」

・物語のあらすじ

文明崩壊後の北アメリカに設立された、統制国家パネム。
パネム全土は、高度な文明と生活水準を持つ首都キャピトルによって統制されており、キャピトルを囲む12の貧しい地区の人々は、厳しい弾圧のなかでどうにか日々を過ごしていた。
そんなパネムには、年に一度のビッグイベントがあった。ハンガー・ゲーム――「飢えのゲーム」。12の地区から選出された男女1名ずつのプレイヤー24名を闘技場で戦わせ、飢えや災害などの過酷な環境のなか、最後の1人になるまで殺し合わせるという残虐なゲームだ。この恐るべきゲームは、その一切をテレビで生中継され、キャピトルの富裕層らに最高の娯楽を提供している。
かつて、パネムにはキャピトル以外に13の地区が存在していた。その13の地区が蜂起し、国家への叛逆を企てたものの、キャピトルの圧倒的な武力の前に屈服し、第13地区は壊滅。残る12の地区はキャピトルに隷属する形となり、叛逆への制裁措置として始まったのが「ハンガー・ゲーム」だった。
我々は大切な子供らをお前たちから奪い、惨たらしく殺すことができる。こんな残酷な行為さえ許されるのは、我々に強大な力があるからだ。ゆめゆめ反乱など考えないことだ――。

ハンガー・ゲーム開催から半世紀以上が過ぎ、第74回ハンガー・ゲームの刈入れ(贄を選出するイベント)の日から物語は幕を開けます。
地区の人々は、自分たちの子供の命が脅かされるにも関わらず、国家の一大イベントとして、表向きにはハンガー・ゲーム開催を喜び、歓迎しなければなりません。少しでもゲームへの不満を漏らそうものなら、たちまち治安維持部隊に連行され、処刑されてしまうからです。

地区の住民すべてが参加を義務付けられた刈入れの儀式には、精一杯の正装をした子供たちが緊張の面持ちで並びます。楽しそうにはしゃいでいるのはただひとり、首都キャピトルから進行役として派遣されたエフィー・トリンケットだけ。
そんな彼女が抽選で選び取った女の贄は、カットニスの妹、わずか12歳のプリムローズ・エバディーンでした。
即座に身代わりとして贄に志願したカットニスは、もうひとりの贄ピータ・メラークと共に、苛烈なゲームへと身を投じることになるのです。

小説『ハンガー・ゲーム』の魅力

『ハンガー・ゲーム』は、主人公カットニスの一人称視点で書かれています。
十六歳の少女の内情がダイレクトに描かれるわけですから、さぞかし青さと熱さ、甘酸っぱさに溢れているに違いないと思いきや、筆致はいたってこざっぱりとしています。カットニスその人の性格も影響していると思われますが、児童文学によく見られるある種のあっさりさを感じる文体です。

ハンガー・ゲーム自体はいわゆるデス・ゲームで、物語が進むにつれてたくさんの登場人物が命を落としていきますが、このあっさりとした文体と、都度挟まれるカットニスの心情の丁寧な描写のために、題材から想定されるほどの悲惨さやグロテスクさは感じません。
一方で、淡々とした筆致だからこそ描写される情景がよりリアルに感じられ、読者を引き込むスピード感が生まれています。ひとたびゲームの幕が切って落とされると、きっと誰もが小説のページをめくる手を止められなくなることでしょう。

適度な悲惨さと、ハンサムな二人の少年――ピータとゲイル――の間で揺れる恋心というロマンス要素は、ティーン受け抜群の要素に違いありません。
しかし、前述のとおり、この物語は大人の視点からでも十分楽しむことができるのです。

作者スーザン・コリンズは、テレビのチャンネルを切り替えているときにこの物語の着想を得たと語っています。一方のチャンネルでは人々が競い合うリアリティ番組が、一方のチャンネルではイラク戦争の模様が映されており、両者の境界が曖昧になっていったのだと。
娯楽としてのリアリティ番組と、罪もない人々の命を奪っている戦争の模様が、同列のコンテンツとして取り扱われている。この状況には、パネムの首都キャピトルと通ずるものがあります。キャピトルの人々は、年端もいかない少年少女が殺し合うハンガー・ゲームを、最高の娯楽として楽しんでいるのですから。
もちろん、私たちが戦争の模様を娯楽と捉えているなどとは決して言いません。しかし、遠い世界のことだと、自分とは関係ないことだと、問題から目を逸らしてしまってはいませんか?そんな現代社会への皮肉を、スーザンは『ハンガー・ゲーム』に込めたのではないでしょうか。

痛烈な皮肉は他にも登場します。
首都キャピトルで行われた華やかなパーティーでは、食べきれないほどの豪華な料理がずらりと並び、人々は食べるために吐き、吐いては食べてを繰り返しています。吐くため専用の薬まで用意され、誰もが当然のように薬を持ってトイレへと姿を消していきます。
一方、12の地区では深刻な食糧難が蔓延し、道端で飢え死にした人を見るのも珍しくはないというありさま。これも、発展途上国が貧困にあえぐなか、毎日信じられない量の食料が廃棄されている先進国を皮肉っているように思われてなりません。

もちろん、こうした皮肉以外にも、登場人物らの間で繰り広げられる心理戦や思惑の探り合い、政治的駆け引きや、サバイバル術など、読み応えのある要素はたっぷりあります。
ひとたび読めば、単なるアクション小説でもロマンス小説でもない、『ハンガー・ゲーム』の奥深い魅力にきっと気付けるはずですよ。

子供から大人まで、さまざまな視点で楽しめる『ハンガー・ゲーム』。
スティーブン・キングら著名な作家からも高い評価を得、数々の賞を受賞してきた圧倒的なストーリーに、あなたも浸ってみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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