故宮博物院:本物よりも美しい『白菜』

台湾にある故宮博物院では、数千年を数える中国文化の秘宝を多数展示している。歴代の文化財を紐解くことで当時の状況や美的センスに触れることが可能だ。「人気国宝」とも呼ばれる翡翠の白菜『翠玉白菜』を始め、所蔵品の解説を通じて故宮博物院の魅力に迫る。

故宮博物院:中華の伝統を伝える貴重なコレクション

周囲を森に囲まれた清廉な山のふもとに、台湾の故宮博物院は位置しています。
台北市街からは電車でおよそ15分。近づけば、タイル張りの長い路面と中華風の荘厳な門構えが目を引きます。
フランスのルーブル美術館、ロシアのエルミタージュ美術館にも肩を並べる世界随一の美術館です。士林市の本館の他、2015年には台湾島中部の嘉義に南院分館ができました。

70万個近い所蔵品は、ほとんどすべてが中国文化の歴史と伝統を伝える極一等の文化財。中には何千年も前から伝わっているものもあります。ここまで多くの品が古くから受け継がれてきた背景には、先代のコレクションを否定せずそのまま受け継ぐことがよいこととされてきた、道教的な伝統があります。中国に限らず世界では数十の王朝や帝国が生まれては滅亡しましたが、期間のわりに散逸が少ない点は中国文化の持つ大きな特徴と言えるでしょう。

現在のコレクションの大部分は清の六代皇帝・乾隆帝(1735~1796)が完成させました。そして、かつては歴代の権力者の個人財だった名宝の数々は、いま博物院を通じて広く一般の目も触れられるようになったのです。

『翠玉白菜』:世界一美しい白菜

故宮博物院には有名な収蔵品が数多く存在しますが、なかでもエース級と言える存在が『翠玉白菜』です。高さ10センチにも満たない翡翠(ジェイド)を素材に、本物そっくりの白菜と葉にとまったキリギリスとイナゴが彫り込まれています。地元のみならず海外でも人気が高く、ミュージアムショップでは『翠玉白菜』を象ったストラップなど各種グッズが販売されています。

『翠玉白菜』は、元はと言えば清代に作られた工芸品です。17~20世紀に栄えた清の時代は、彫刻の素材が多く採れるベトナムやミャンマーを版図に加えたこともあり、象牙や木材での彫刻が人気を集めました。翡翠などのきらびやかな鉱石は「玉(ぎょく)」と呼ばれ、上流階級を中心に根強い人気を誇りました。

一説によれば、『翠玉白菜』は19世紀末に光緒帝へ嫁いだ瑾妃の嫁入り道具だと言われています。白菜は純潔を示し、葉に乗った2匹の虫が多産を意味することから、跡継ぎを期待される貴人の持ち物だと考えられています。普段は南院に展示されていますが、他の美術館へ貸し出されることも多いため、訪れる際は事前に調べることをオススメします。

同じく玉から彫り出された『肉形石』と並び、『翠玉白菜』は故宮の人々から「人気国宝」と呼ばれています。人気の面で国宝に並ぶ、という意味です。中国美術の伝統的な価値観から言えば玉彫刻の価値は決して高くありません。持ち前の美しさによって、従来の評価を超える圧倒的な人気を勝ち取った品と言えるでしょう。

『象牙多層球』:現代では再現できない逸品

先に紹介した『翠玉白菜』同様、人気の高い彫刻品の一種です。

丹念な飾り彫りが施された直径おおよそ12センチの球体の中には、20個以上のさらに小さな球がまるでマトリョシカのように内蔵されています。それぞれ別に彫った球を重ね合わせたものではなく、ひとつの象牙の球から一層ずつ彫り出されていることから、途方もない技術力であることが伺えます。作者の名は伝わっていませんが、親子で引き継ぎながら数十年の時をかけて作ったものと考えられています。

多層球を彫る技術は宋代(10~13世紀)に考案され、一度廃れました。しかし彫刻が盛んになった清代に技術が復活し、このように精緻な作品が出来上がったとみられています。

作り方としては、丸く切り出した象牙に円錐形の穴をいくつか開け、特殊な小刀で最も小さい球を彫り出します。あとは外周に向けて一層ずつ切り出し、最後に透かし彫りなど飾りを刻むと完成です。しかし、時間や素材の調達の難しさ、そしてなにより職人の不足から再現は困難だと言われています。

『蘭亭序』とは、宴に集まった詩歌を本にする際、主催者にして書道家の王羲之が寄せた序文です。書道史上最も有名な作品とも呼ばれ、数多の写本が作られました。王はまたの名を「書聖」とも言います。絵画・陶磁器・玉器など様々なジャンルがある中国文化において、書道は最高の芸術とされています。すなわち、文化の最高峰にいる書道の、さらに名手ということで、王の名はほとんど伝説のように扱われています。

東晋きっての名家に生まれた王は、著名な書道家から幼い頃より英才教育を受けてきました。

出世に対してあまり積極的ではなかった王はどちらかと言えば政治に参加するよりも詩歌や書などに人生を捧げます。そんな彼は、40歳の時に(現在の浙江省紹興市のあたりにある)会稽の地に赴任しました。会稽をとても気に入った王は地元の名士を40人以上集めて「曲水の宴」という宴会を開きました。宴で名士たちが詠んだ詩句をまとめ、ほろよいの王が気持ちよく書き上げた序文こそ『蘭亭序』でした。王はその後何度も清書を試みましたが、結局最初の下書きを超えられることはなかったそうです。

『蘭亭序』の原本は現在残っていないため、故宮博物院に残る『蘭亭序』は後世に作られた複製品です。故宮博物院の『蘭亭序』は発見された場所の名を取って『定武蘭亭序』と呼ばれます。

後の世の官僚登用試験(科挙)で王の筆跡をできるだけ真似ることが重視されたために、優れた写本が数多く作られました。科挙は脱落者も多い非常に難易度の高い試験ですが、そのうち必要最低限の条件として「王の筆跡(=王法)に到達すること」が挙げられていました。
よって、練習のために非常に精緻な模倣品が数多く作られることとなったのです。

また、原本がない理由としては、王の書をこよなく愛した唐の皇帝・太宗が当時の原本をかき集めて自身とともに埋葬したためでもあります。当時の皇帝たちは死後の世界を信じていました。死の先でも王の書を眺めていたいほど惚れ込んでいたようです。王の書はその後数千年に渡って中国文化に影響を与えました。故宮博物院では『蘭亭序』を始めとして歴史を彩った貴重な書を閲覧することができます。

観覧の注意

故宮博物院は1965年に現在の士林市に建てられました。20世紀の争乱を経て、台湾へと避難した重要な文化財の数々が、いまのコレクションの原型となっています。

21世紀に入ってからは観光客に対しても門戸を開くよう努力し、いまは広大な吹き抜けホールが印象的な広々とした建物となりました。ミュージアムショップでは展示品にちなんだオリジナルグッズを多数揃えています。2015年にできた南院は中国のみならずアジアをテーマにした、より広範な展示を行っています。

2018年現在『翠玉白菜』と『肉形石』は南院で展示されているため、観覧の際は間違えないようご注意ください。

故宮博物院(TheNational Palace Museum)
住所:No. 221, Sec 2, Zhi Shan Rd, Shilin District, Taipei City, 台湾111
開館時間:8:30~18:30(本館)、月曜を除く9:00~17:00(南院)
(2018年12月現在)

【参考図書】
『改訂版国立故宮博物院案内』台湾観光協会・推薦、清水仁・編、郁朋社
『故宮物語政治の縮図、文化の象徴を語る90話』野島剛、勉誠出版

関連記事一覧