アレッサンドロ・ミケーレ:グッチを再生させた男

ファッションデザイナー、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)が、2015年からの4年間で「グッチ」にもたらした功績は計り知れない。ミケーレは、真の革新性とアートの歴史への深い造詣を軸に、ジェンダーレスかつ折衷主義的なデザインを打ち出した。モードの世界にはびこる固定概念を鮮やかに取り払う、型破りなミケーレの「思想」は、21世紀のファッションを再定義する。

同時代性は反時代的である

アレッサンドロ・ミケーレが、ファッションブランド「グッチ(GUCCI)」のクリエイティブディレクターに就任したのは2015年のことでした。デビューとなったミラノファッションウィーク2015-16年秋冬メンズコレクションで、ミケーレはフランスの哲学者ロラン・バルト(Roland Barthes)による以下の言葉を引用します。「コンテンポラリーは反時代的である(The Contemporary is the Untimely)」。

この逆説的な言葉は、その後のミケーレによるグッチのスタンスを象徴しています。もう一つ同様に引用されていたイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベン(Giorgio Agamben)の言葉も、やはり同じような主旨でした。「真のコンテンポラリーとは、その時代に完全に一致することでも、その時代の要請に応えることでもない。この意味で、それらは現在の瞬間に合致しないものなのである。しかし、そのような断絶やアナクロニズムを通じて、時代を知覚し把握しているものよりも大きなキャパシティを持つことができる。同時代性とはすなわち、その断絶を通じて時代と密着するというありかたで、時代と関係を持っていくということなのだ」。

ミケーレがこれらの言葉を引用したのは、単純に現在の流行を追いかけ、消費者の嗜好に合わせたデザインを作るだけでは、本当の意味で同時代を捉えることはできないのだ、という信念に基づいています。時代遅れの忘れ去られた過去の遺物から未来への予言を読み取り、絶えず移り変わる現代を記録するだけに終始しない、真の「同時代性」を創造すること。それが、ミケーレのグッチのヴィジョンでした。

フェンディからグッチへ

1972年。アレッサンドロ・ミケーレはローマ郊外で生を受けました。母親はイギリス企業の映画スタジオでプロデューサーのアシスタントとして働いており、父親はアリタリア航空の技術者で、彫刻芸術を趣味としていました。
両親の影響で映画や彫刻を目にする機会が多かったミケーレは、自然と芸術に触れる機会があり、常にその感性を磨きながら幼少期を過ごしました。
10代の頃は当時活気付いていたポストパンク・ヨーロッパに触れ、この時代に熱中した文化は今日でも彼の特徴的なデザインとして残っています。

ローマのアカデミーで衣装デザインを学んだあと、イタリアボローニャのニットブランドである「レコパン(LesCopains)」に就職。そして90年代後半にはハイブランド「フェンディFendi」に移籍し、革製品のアクセサリーデザイナーとして様々なデザインを手掛けました。
この頃から、当時のグッチのクリエイティブディレクターだったトムフォードから熱心な勧誘を受けており、その熱心な説得に押し負けるように2002年29歳でグッチに入社。2006年にはシニアデザイナーに任命され、2011年にはアソシエイトクリエイティブディレクターに就任しました。
2014年にはグッチが買収したイタリアの高級陶磁器メーカー、「リチャード・ジノリ(Rechard Ginori)」のクリエイティブディレクターを兼任しキャリアを積み重ね、ついに2015年、グッチのクリエイティブディレクターに就任を果たしました。

2人の偉大な前任者

このように、グッチでキャリアの道を歩んできたミケーレですが、それでも2015年のクリエイティブディレクター就任時には関係者以外にはまだ無名と言ってよい存在であり、この人事は「大抜擢」としてファッション界を大いに沸かせることになりました。

そもそも現在のグッチの基礎を作ったのはトム・フォードです。1980年代に創業者であるグッチ家の財産問題などのスキャンダルにより高級ブランドとしての地位が低下、倒産の危機にまで陥っていたグッチを、1990年代見事に再生させたのはトム・フォードの圧倒的な才能でした。

やがてフォードが2004年に退任すると、入れ替わるように登場したのが女性デザイナー、フリーダ・ジャンニーニです。グッチ初となる女性向け香水「グッチ・バイ・グッチ(Gucci by GUCCI)」をプロデュースするなど、女性らしい視点でグッチをフェミニンな方向性に導いていきました。

そして2015年にフリーダの後を引き継いだミケーレは、二人の前任者のアシスタントを経験した上で、フォードが築き上げた強烈なインパクトと、フリーダが生み出したフェミニンな魅力、その両者の特徴を止揚させたコレクションを発表していきます。

ジェンダーレスの先駆者

アレッサンドロ・ミケーレのグッチは、2015-16年秋冬コレクションでデビューを果たしました。ウィメンズ、メンズのコレクションを通じて話題を集めたのは、「ジェンダーレス」というキーワードでした。
ミケーレは、男性モデルと女性モデルにお互いの衣装を交換させたようなコレクションを実施し、業界に衝撃を与えたのです。

男性モデルにフリルのブラウスや花柄の刺繍の施されたスーツ、メルヘンなワンピースを着せ、女性はパンツスタイルでジャケットやオフィサーコート、華やかなシャツではあるものの首元をタイで引き締めるといったファッションにおける「女らしさ・男らしさ」の既成概念を変えるようなスタイルを提案し、ウィメンズのショーには男性モデル、メンズのショーには女性モデルを一部登場させました。

ミケーレのこのアイデアは洋服のみならず様々なアイテムに広がりをみせ、コレクションが様変わりしていき、ついには2017年。グッチはこれまで各シーズンに開催してきたメンズ、ウィメンズの2つのショーを統合し、「ワンシーズン・ワンショー」に移行することを発表しました。

男性も女性も過剰に着飾るトレンド

このようにジェンダーレスという新しい価値観を導入しつつ、ミケーレのグッチはデザイン面でもファッション界のトレンドを刷新します。

過剰なほどの刺繍を施されたスカジャンやジージャン、ライダースジャケット。ボトムはやはり刺繍の施された古着ライクなデニムや80年代のストリートシーンを連想させるブリーチデニム。こうしたアメリカンカジュアルのアイテムに、まるで日本の着物を連想させるようなデザインのシルクのガウンなど、ジャポニズム的なオリエンタルムードのアイテムを組み合わせる折衷的なスタイルで、それまで「ノームコア」「ミニマリズム」といったキーワードでシンプルなデザインや着やすさが重視されていたファッション界に華やかな装飾文化を復活させました。
それはたちまちトレンドにのり、今なおミケーレはブランドイメージを刷新し続けているのです。
形は違えど、男性も女性も華やかに彩られていた17世紀ヨーロッパの再来のように。

盲目的な愛

こうした過剰さは、「アンリアル」「イリュージョン」「ファンタジック」といったキーワードで表現されることが多く、浮世離れしたスタイルと捉えられがちですが、その根本には、ミケーレのアートに対する深い造詣やリサーチが潜んでいます。

そのことがはっきりとした形をとったのは、ベルギー、アントワープのファッション雑誌「A MAGAZINE curated by」でした。この雑誌は毎号、一人のファッションデザイナーがキュレーターとして全ページをディレクションすることで知られていますが、2016年に発行された第16号ではアレッサンドロ・ミケーレがキュレーターを引き受けました。

「A MAGAZINE curated by ALESSANDRO MICHELE」は、「盲目的な愛(Blind For Love)」をテーマに据え、世界中のクリエイターにコラボレーションを発注します。その結果、ナン・ゴールディン(Nan Goldin)、デヴィッド・シムズ(David Sims)、ライアン・マッギンレー(Ryan McGinley)、テリー・リチャードソン(Terry Richardson)、グレン・ルッチフォード(Gren Luchford)、アニー・リボヴィッツ(Annie Leibovitz)、ブルース・ウェーバー(Bruce Weber)、イネス&ヴィノード(Inez & Vinoodh)、アリ・マルコポロス(Ari Marcopoulos)、シンディ・シャーマン(Cindy Sherman)など、錚々たる顔ぶれが集いました。

例えば、ニューヨーク在住の写真家ペトラ・コリンズ(Petra Collins) がブタペストとハンガリーで撮影した家族写真や、スペインのアーティスト、ココ・キャピタン(Coco Capitan) によるハンドライティング、アメリカの映画監督・脚本家ジア・コッポラ(Gia Coppola) が捉えたジョシュア・ツリー国立公園のドラマティックなポートレートなど、若手女性クリエイターによる作品が目立つ一冊にもなっています。

ユニークなストリートへのアプローチ

こうしたアートへの興味は、ミケーレにとって大きなインスピレーションになっており、同時に、グッチの新たなデザインへと繋がっていきます。

例えば、ミケーレとアーティストのトラブル・アンドリュー(Trouble Andrew)とのコラボレーションで生まれた「グッチゴースト(GUCCI GHOST)」。オリンピックにも出場経験のあるスノーボーダー、またミュージシャンとしての顔も持つアンドリューは、もともと許可なくグッチのアイコンである「GG(ダブルG)」のモノグラムを使い、”パロディ”としてグラフィティを約3年間描いてきました。

この作品の存在を知ったミケーレは、アンドリューに直接連絡を取り、いわばブートレグであったアート作品をオフィシャルのコラボレーションとして商品化したのです。結果、グッチゴーストはリアーナ(Rihanna)やマドンナ(Madonna)といったセレブも愛用し、大きなバズを巻き起こすことになりました。

こうしたストリートへのアプローチはその後も継続しており、グッチは1980年代ニューヨークのハーレムでこれまた勝手にハイブランドのロゴを盗用したアイテムでヒップホップアーティストたちに人気を博していたダッパー・ダン(Dapper Dan)とパートナーシップを結び、2018年新たにハーレム地区で彼のアトリエを開設しています。

手術室で行われたファッションショー

そして2018年はミラノで行われた秋冬コレクションで衝撃的なファッションショーが展開されました。
様々な国や時代の記事、アクセサリーなど文化を繋げ、歴史を混ぜ合わせて再構築するという新しい個性とアイデンティティをテーマにしたコレクションでした。
会場は手術室を模した白い床に緑の手術台。無機質な長い廊下。部屋の隅や廊下の脇に待合室に置かれているようなプラスチック製の椅子が配置され、観客はそこに座ってショーを見ることができます。
そのような異様な空間を、三つ目のモデルやバッグのかわりに自身の生首の模型を小脇にかかえたモデル、ドラゴンやカメレオン、蛇などをかかえたモデルが颯爽と歩きます。
手術室というリアルな不気味さと神話のモンスターなどのファンタジーまで兼ね備えたごった煮のような空間に、「サイボーグ」というテーマに則したかのような無機質な表情をしたモデルが列をなして淡々と行進していきました。ありとあらゆるメッセージを詰め込んだかのようなこのコレクションは、一部では演出過多であると批判も受けました。
性別、人種、宗教、神話、物語、スポーツ、哲学、あまりに情報量が多すぎてその場の観客たちがメッセージの1割も受け止められなかったのは事実でしょう。

しかし、たしかにこれは人々の心に深く印象づけられる、歴史的なコレクションになったのです。

ファッション業界の革命児とも呼べるアレッサンドロミケーレ。彼はグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任し、次々と常識を打ち壊し、人々を驚愕させてきました。毎年多くの人が彼のコレクションを待ち望み、次に彼が見せてくれるであろう新しい世界に胸を膨らませています。

彼はきっとこれからも、時代を刷新し続けてくれるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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